法律の裏側

2009年11月20日 (金曜日)

インサイダー取引防止規程という社内規則は何のためにあるか、という一昨日書いた議論であるが、納得的なのは次のような構成だろうか、と考え直した。

会社は投資家から金を集めて事業をする。
なのに、会社関係者が内部情報を使って株取引をして不正に利益を得るのは
ずるい

ここまでは、インサイダー取引が禁止される趣旨そのものである。

もし、会社関係者がそのようなことをしてしまえば、投資家からの信用がなくなる。
だから、会社は社内規則を作って役員・社員のインサイダー取引を防止する必要がある。

怪しげな第三者割当増資などで、「不正な」利益を得ている者を規制するためには、インサイダー取引規制の強化は必要であろう。
だが、そのような手法を使う者は、そもそも手っ取り早く金を集めることを目的として、会社をいわばツールとして使っているわけで、そういう輩が自分で作るお手盛りの規則になんの効果が期待できるだろうという疑問はある。

だから、そういう輩を規制するのは、やはり金商法なりSESCだという気がするわけで、もとへ戻ってしまう。

2009年11月18日 (水曜日)

上場会社は、内部者取引規則(インサイダー取引防止規程)を整備するのが当然のようになっている。
役員や社員が自社の株を扱う場合に、不用意に売買するとインサイダー取引に該当する危険があるので、これを未然に防ぐために、このような社内規程を用意するという趣旨である。

法務担当者としては、これをアップ・トゥ・デートして整備していくことが求められるわけだ。

その場合、課題としてあがってくるのが、次のジレンマである。
すなわち、一方で不適切な取引がないように規制する必要があり、もう一方で過度の規制にならないようにすることが求められる。

安全サイドにふるなら、自社株の取引は一律禁止(もしくは持株会等を通じてのみ可)とするのが一番なのだが、それだとインサイダー情報を持っていない一般の役員・社員の取引もできなくなり、それは健常な取引まで萎縮させる過度の規制だ、という議論である。

よい内部者取引規程とは、このバランスをうまく取ったものである、とされる。

本日、東証の担当の方による内部者取引防止に関するお話を聞く機会を得たが、そこでもその図式は変わらなかった。
私が聞いてて思った率直な感想は、「東証は思ったよりも固めなのを志向しているんだ」というもので、これについては担当者として留意が必要だと思った次第である。
(ここまではオフィシャルの話である)

仕事的にはそのような対処をするわけだが、よくよく考えたら、なんで会社がそんな社内規則を整備せにゃならんのだ?という疑問も抱いてしまった。

絶対安全サイドにふるなら、全面禁止。それ以外にあり得ない。
そこを欲を出して大丈夫な場合とダメな場合を規定しようとするのだが、それには限界がある。
そんなの、社内規則じゃなくて、金商法に任せておけばいいじゃん。
インサイダー取引を防止するのは、証券取引をしようとする個人の遵法行動とモラルに依存し、取り締まりをSESCに任せといちゃダメなのかね。
たいていの会社には、「刑法犯に当たる罪を犯したら懲戒」という規制はあるだろうが、「人を殺してはいけません」とかはいちいち書いていないのではなかろうか。
それは警察マターなのではなかろうか。

もっとも、横領など、誘惑が近くにある場合、それを防ぐためにチェックや監視の仕組みを作ってそれに従わせるための規定はあるだろうから、内部統制の問題であり、インサイダー取引に関してもその範疇ということなのかも知れないが。

安全を取るなら、自社株取引全面禁止はあり得ると私などは考えてしまう。
でも、安全ってなに?
と考えると、よく分からない。何にとって安全なのか。
会社のレピュテーション? 役員・社員の身? まさか、証券市場の健全性?

誰が、何を求めて、内部者取引規程という社内規則を欲しているのだろうか。
(やはり、今さらこんな無知を曝してはならないのだろうが)

ただ、会社が自己株取得の場面において、インサイダー取引に該当してしまう場合はきちんと排除していかねばならないというのは注意点とあらためて認識。

2009年11月12日 (木曜日)

民主党政権はいろいろ行政のやる事業を見直しているようだが、叙勲・褒章制度をやめたら税金がいくら浮くという発想はないのかな。

私は非国民なので(似非アナーキストという説もあるが)、あのような制度がなくとも一向に構わないと思っているのだが、マネジメントの原則は「信賞必罰」だそうだから、刑罰を用意する一方であのような制度がないとダメというのが理論的なのかも知れない。

たぶん、今このように考えているのは、制度の必要性の有無でなく、その運用態様に疑念を覚えているからであろう(冷静な自己分析)。

2009年11月 4日 (水曜日)

会社法界隈で最近の流行は、反対株主の買取請求権の問題であるらしい。
M&A等の場面において、それに反対する株主は会社に株式を買い取るよう請求する権利があると法律で定められているが、問題になるのは、言ってしまえばただ一点、「いくらで買うか」である。

当然のことながら、株主は少しでも高く買ってもらいたいし、会社は少しでも安く買いたいわけで、利害の相反がここにある。商法から会社法に変わり、この部分における定めも変わったこともあり、今流行りの問題であるようだ。

でも実際の場面でそれは、シナジー効果をどう評価するかになってくると思われる。

で、昔ちょっと合併しかけたことがある会社にいるささやかな経験で考えると、そういうM&Aの場面では、往々にして「シナジー効果」というプラスの面にしか目が行かなくなるような気がしている。

M&Aによるメリットばかりが強調され、そしてそれはスケールメリットだとか管理部門の統合だとか幅広い品揃えの実現だとか、どちらかというと計算しやすいものであり、だから(そのM&Aを進める当事者は)シナジー面しか見えなくなってくるのではなかろうか。

でも、一歩引いて考えると、果たしてシナジー効果ばかりなのだろうかという疑念が湧いてくるのである。

ここで喩えを思い切り卑近にして、NABEO界隈でM&Aが行われたとしてみる。

なお、以下で団体名として表すアルファベット表記は、ランダムに生成したものであり、特定の団体を想定したものではないことをあらかじめお断りしておく。

具体例として、PCとSWが合併することになったという場合を挙げる。

[シナジー効果]
・合併によるスケールメリットから、より大きな音が出せるようになる。
・音域の幅が格段に拡がる。
・互いにない楽器を補うことによる演奏曲目の拡大。特にガブリエリなど。
・事務手続きの統合による運営業務の効率化。
・固定費負担の削減(集約による練習場代やホール代の節減)

新聞を賑わすM&Aで、フィナンシャル・アドバイザーやコンサルタントが入って作るプランでも、けっこうこんな(単純な)感じでシナジー効果だと言っていることが多いような気がする。東京と熊本を往復する交通費などは誤差のうちとなる(^^)。

しかし、PCとSWが合わさってやるガブリエリって、面白いと思うだろうか。
ガブリエリでなくたって、合わさってやる音楽が、一発芸としてなら興味津々だが、恒常的に今以上の面白さを提供していくことができるのだろうか。
事務手続きの苦手なPCの事務を、SWの番頭さんが一手に仕切ってくれたとして、それを「業務の効率化」と称えていいのだろうか。

つまり、合併することによって失われてしまうものはないのか、ということである。

直感的に思うのだが、たぶん失われてしまうものはある。
理論的には、それ以上にシナジー効果が評価されるのでM&Aが遂行されるわけだが、その結果として失われるもっとも大きいことは、不完全さやアンバランスに依拠している「面白さ」なのではなかろうか。
そして、実はその「面白さ」こそがレゾンデートルだったりしないのだろうか。

ところでM&Aは往々にして事業の整理を伴い、不要な部門は切り捨てられることもある。
PCとSWの合併の場合にも、そのような部門はあるわけで、それがN口という人間であることは想像に難くはあるまい。

繰り返しになるが、以上のシミュレーションにおいてイニシャルで示した団体名はあくまでランダムの架空のものである。

2009年10月27日 (火曜日)

個人情報保護法の対象となる「個人」は、うろ覚えの知識では「生存する個人」とされているはずだから、殺人事件の被害者に関する情報に関しては、この個人情報保護法については考えなくてよいのだろうな。

…と、警察からの情報提供の要請があったのを横で見ていて思った。

2009年10月 9日 (金曜日)

「ほかに属せざる事項」は総務の仕事である。たぶん普通の会社ではそうなっている。

何ヶ月も前の新聞になるが、童門冬二氏が新聞に「新しい総務」という題で書いていて、そこで「ほう、そうか、なるほどなあ」と思ったことがある。

童門氏のコラムの大意はこうであった。

かつての総務は権威セクションで、そこにいる社員は肩で風を切って歩いた。総務には「ほかに属せざる事項」という仕事があり、このなかに裏金作り、総会屋対策なども含まれていた。けれども商法改正により、不透明な業務はなくなり、業務も情報管理や苦情処理が中心となり、意識改革を迫られ、昔いい思いをした人のなかには受難の気分を味わった者もいる。これからの総務は、社の経営理念と目的を周知徹底し、社の全体業務の進行管理をするのが任務である。単なる権威主義ではなく全社的に「信頼される」総務としてそれを担わなければならない。

私が「ほう、そうか、なるほどなあ」と思ったのは、結論の部分ではなく(別に結論に反対なわけではない)、「かつての総務は肩で風を切って歩いており、総務の仕事の『ほかに属せざる事項』には裏金作り、総会屋対策なども含まれていた」というくだりである。

ふーん、昔は肩で風を切って歩いてたのか、今じゃそんなのあり得ないなあ、というのがひとつ。
そして、その権威の源泉は総会屋対策のために裏金を扱うという治外法権的な役割を事実上公然と認められていたことにあり、また経済的なおこぼれにも与りやすかったのだろうと思ったことが、もうひとつである。

総務の業務分担にはたしかに「ほかに属せざる事項」というのがあって、ほかにどこもやるところがないのだけど、やらな仕方ないわな、という仕事は総務に回ってくるのである。「ほかにどこもやるところがない」は「ほかに誰もやる人がいない」に容易に変容し、なんだか分からないけど総務がやるという状況もいろいろと見たり経験してきた。そうして、私としては、ずっと「つまりは何でも屋だな」というように捉えていたのだが、歴史的文脈は少々違ったのかも知れないと思ったのが「ほう、そうか、なるほどなあ」なのである。

つまり、総会屋対策として裏金を用意するのが当たり前だった時代には、「ほかに属せざる事項」は実質的には裏金管理(を中心としたダークな領域の仕事)を指していたのではなかろうか、と推測したのである。

私が会社にはいったのは昭和56年改正のずっとあとの話であるから、「ほかに属せざる事項」といえば文字通り素直にバスケット条項として捉えていたのだが、うえに述べたようなバイアスがあった可能性に気づくと、そういえばある年代からうえの人たちは、「ほかに属せざる事項」という言葉を聞くと、ニヤリと隠微な笑いを口元に浮かべていたような気がしてくるのであった(考えすぎ)。

2009年9月28日 (月曜日)

練習施設の壁に次のような貼り紙があった。

このキーボードは新品なので大切に扱ってください。

区の施設の音楽練習ができるところで、その部屋にはピアノやドラムセットやアンプなどの機材も置いてあるのだが、そのなかのキーボードの置かれた後ろの壁に貼り紙はあった。

墨○区は新しい備品としてキーボードを買ってくれたらしい。パチパチ。

ところで、この貼り紙の文言、気持ちは分かるが理論的におかしいのではあるまいか。

今述べたようにこの部屋には新品のキーボードだけでなく、いろいろな機材が置かれている。
ことさらこのキーボードだけを大切に扱わなければならないわけではないだろう。
公共機関としては、(たぶん)区民の税金でまかなわれているこれらの財産は、等しく大切に扱うように利用者に注意を喚起するべきではあるまいか。
モラリスト(嘘)の私はそう思ったのである。

新品だから大事にする、って、子供の理屈かよ、と、まあこんな感覚である。

だが一方で新品だから大事にしてよ、という気持ちは大変によく分かるものである。
自分のことを考えても、最近ではほとんど洗わない車も、買った当時は洗車場に通ったものだし。
もっと遡ると、初めて自分で買った(買ってもらった)トロンボーンを凹ませてしまったときには、本当に凹んだものだし。

たしかに、その貼り紙があるからといって、昔からあるドラムセットをぞんざいに扱っていいことを意味するわけではないが、行政としてはその施設にあるものはすべて「区民のみなさんの大切な財産」なのだから、「みなさん大切に扱いましょう」とするのが筋だと私は考えるのである。

理論的におかしいと始めに書いたが、経済学チックに考えれば理屈が立たないことはないようだ。

減価償却のような考え方が区の施設に取り入れられているのかは知らないのだが、仮にそうだとすれば次のように考えられる。
ずっと昔に買ったドラムセットなどは、償却がほとんど終わっていて、乱暴に扱って壊してしまったとしても費用的ロスはないが、買ったばかりのキーボードが壊れてしまったら一気にロスが発生して、会計的に費用処理しなければならない。だから、新しいキーボードは大切に扱いましょう。
これは、効用というようなことに目を向けていうと、古いドラムセットは長い間いろいろな人が叩いてきて効用を使い尽くしているが、新しいキーボードはまだほとんど弾かれておらず効用が使われず残っている。にもかかわらず、ぞんざいに扱われて壊れてしまったら、それが無駄になりもったいない。
このような考え方は成り立つのかも知れない。

だがやはり、壁に貼り紙をして利用者に注意を喚起するというのは、経済の問題ではなくモラルの問題だと思うので、「新しいから大切にする」という文句は私には違和感があるのだ。

2009年9月14日 (月曜日)

インサイダー取引についてのNK新聞の本日の解説において、「重要事実」とは何かということに(当然のことながら)言及されていた。
「上場企業の公募増資や株式交換、合併、会社分割など、企業の経営戦略にかかわる情報」を始めとして、重要事実に相当する事項が列挙されている。
で、気になったのが、次のくだり。

「「重要事実」に当たらないのは人事情報など一部だけだ」

たしかに金商法166条2項に挙げられている文言のなかに人事情報というのは見当たらない。

でもたぶんおそらく、上場会社で次のようなことをしたら、間違いなくインサイダー取引とされるのではあるまいか。

(仮定の話)
○月×日、経済紙のみならず、一般紙の一面にも次の記事が載った。

イチロー引退 A社社長に就任

大リーグシアトルマリナーズのイチロー(本名:鈴木一朗)は×日会見を開き、今シーズンをもって現役を引退し、引退後は株式会社Aの代表取締役社長に就任することを発表した。引退後は米大リーグ、日本プロ野球界とは一線を置き、会社経営者として第二の人生を歩むとしている。引退の理由についてイチローは(後略)

この発表の前に、このようなサプライズ人事を企て成功させたA社の役職員が、自社株を大量に買いつけていたら、それはやっぱりインサイダー取引に当たるのではなかろうか。

金商法166条2項には、「悪名高き」バスケット条項が記されているわけだし。

イイ加減な作り話に固有名詞を出してしまい、イチロー選手には申し訳ない。
だが、人事情報であってもそのようなビッグネームが踊るようなら、株価が動くことは容易に期待できると思う。

もっとも本日のNK新聞の記事は、居酒屋や通勤電車でたまたま隣り合わせの人が話しているのを聞いた人が取引した場合でもインサイダー取引になると書いてあって、ずいぶんとイイ加減なとこはあるのだが。

2009年9月 1日 (火曜日)

株主総会の議決権行使の集計結果の開示資料のリンク集。
(誰か作っていても不思議ではないと思うのだけれども、見当たらなかったので)

私が現時点で聞いた話のなかでは、今年株主総会の議決権集計結果を開示した企業数というのは、34社という数字が最大なのだけれども、聞き違いの可能性はある。私が分かったのは32社までである。
以下にその32社のリンク集を掲げるが、うち2社は報道等で開示されたことは間違いないのだけれども、その資料を見つけることができなかった。
Specisal thanks は大和総研さんに。同社の調査をたいへんに参考にさせていただいた。
掲載は証券コード順。

高松コンストラクショングループタカマツ 東証1トウショウ 1762 http://www.takamatsu-cg.co.jp/ir/finance/pdf/20090711142055.pdf
大気社タイキシャ 東証1トウショウ 1979 http://www.taikisha.co.jp/ir/PDF/64giketsukenkoushi.pdf
ローソン 東証1トウショウ 2651 http://www.lawson.co.jp/company/ir/library/pdf/ketsugi/ketsugi_34r.pdf
カゴメ 東証1トウショウ 2811 http://www.kagome.co.jp/company/ir/report/giketsu_total/total_65.html
三菱製紙ミツビシセイシ 東証1トウショウ 3864 http://www.mpm.co.jp/ir/etc/090626.pdf
住友ベークライトスミトモ 東証1トウショウ 4203 http://www.sumibe.co.jp/account/pdf/118voting.pdf
第一三共ダイイチサンキョウ 東証1トウショウ 4568 http://www.daiichisankyo.co.jp/ir/pdf/DS_Stock_03_Voting_j.pdf
アクセス(2009.1ジャスダック上場廃止) 4700 http://www.acces.co.jp/ja/ir/irnews/h22/pdf/090701.pdf
カルチュア・コンビニエンス・クラブ 東証1トウショウ 4756 http://www.ccc.co.jp/fileupload/pdf/ir/20090629_giketsuken.pdf
コニカミノルタホールディングス 東証1トウショウ 4902 http://konicaminolta.jp/about/investors/pdf/stock/meeting_105_report.pdf
資生堂シセイドウ 東証1トウショウ 4911 http://www.shiseido.co.jp/ir/shareholder/s0906shm/img/shm40004.pdf
グローリー 大証1ダイショウ 6457 http://www.glory.co.jp/ir/img_pdf/soukai01.pdf
マブチモーター 東証1トウショウ 6592 http://www.mabuchi-motor.co.jp/ja_JP/investor/pdfs_gm/gmr2008a_j.pdf
オムロン 東証1トウショウ 6645 http://www.omron.co.jp/ir/kabunushi/soukai/pdfs/giketsuken_72nd.pdf
ソニー 東証1トウショウ 6758 http://www.sony.co.jp/SonyInfo/IR/stock/8ido18000001xnqf-att/result_J.pdf
フェローテック JASDAQ 6890 http://company.tv-asahi.co.jp/contents/soukai/0010/data/S625.pdf
イオン北海道 東証1トウショウ 7512 ?
バンダイナムコホールディングス 東証1トウショウ 7832 http://www.bandainamco.co.jp/ir/stock/meeting/pdf_bnh/090623_3.pdf
長瀬産業ナガセサンギョウ 東証1トウショウ 8012 http://www.nagase.co.jp/ir/stock-information/stockholders-meetings/document/shm_094.pdf
三菱商事ミツビシショウジ 東証1トウショウ 8058 http://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/ir/adr/sh_meeting/pdf/result_2009.pdf
サンゲツ 東証1トウショウ 8130 http://www.sangetsu.co.jp/company/ir/event/pdf/200903_kousi.pdf
リョーサン 東証1トウショウ 8140 http://www.ryosan.co.jp/news/pdf/090708.pdf
アデランスホールディングス 東証1トウショウ 8170 ?
ニッセンホールディングス 大証1ダイショウ 8248 http://www.nissen-hd.co.jp/ir/pdf/IR_09_03_19_3.pdf
住友信託銀行スミトモシンタクギンコウ 東証1トウショウ 8403 http://www.sumitomotrust.co.jp/IR/company/jp/pdf/kabunushisoukai/090626-2.pdf
大阪証券取引所オオサカショウケントリヒキジョ HCS 8697 http://www.ose.or.jp/profile/press/090625_14776.pdf
マネックスグループ 東証1トウショウ 8698 http://www.monexgroup.jp/jp/ir_library/meeting/pdf/vote.pdf
ソニーフィナンシャルホールディングス 東証1トウショウ 8729 http://www.sonyfh.co.jp/ja/shareholder/meeting/090623_03.pdf
テレビ朝日アサヒ 東証1トウショウ 9409 http://company.tv-asahi.co.jp/contents/soukai/0010/data/S625.pdf
角川グループホールディングスカドカワ 東証1トウショウ 9477 http://www.kadokawa-hd.co.jp/topics/20090622.pdf
トラスコ中山ナカヤマ 東証1トウショウ 9830 http://www.trusco.co.jp/ir/disclosure/pdf/other/20090612.pdf
オートバックスセブン 大証1ダイショウ 9832 http://www.autobacs.co.jp/ja/ir/62kekka.pdf

2009年8月 3日 (月曜日)

選挙は戦いなのだろうか?

議員の人たちは、なんの疑問もないかのように、「今度の選挙は負けられない!」だの、「お願いします。私たちを勝たせてください!」などと絶叫する。

しかし、私にはたいへんに違和感があるのだ。

私は甘ちゃんの原理主義者なので、選挙というものは、立法担当者ひいては政権担当者の選択をするためのものであって、それは勝ち負けという問題ではないと考えている。

例えば今度の衆院選で、民主党候補者が多く当選するとか、自民党候補者があまり当選しないとか、日本共産候補者党はやはりほんの少ししか当選しないとか、そのような結果となったからといっても、それは勝ち負けの問題ではないと思っているのだ。

それは何かといえば、有権者が立法府のメンバーを誰にするかを選んだ結果なだけであって、選ばれた人はその主義主張に沿って議員としての仕事をすればよいし、選ばれなかった人は、別に負けたわけではなく、ただ選ばれなかっただけだと思うのだ。

で、「選ばれない人」という存在は、選挙というシステムにおいては必要不可欠の存在である。
何故なら彼らがいなければ、「選ぶ」という機能が働かないからである。

だから、選ばれなかった候補者には存在意義が十分あるわけで、選ばれなかったという結果は有権者がそのような選択をしたというだけのことであって、勝ち負けというのとは違うと、私は考えるのである。

有権者が各候補者の政策を吟味して選択をする、というような合理的な投票行動をとるとは私だって思っているわけではない。それでもある程度の総合判断をした結果として有権者はひとつの選択をし、それが選挙の結果として現れ、それがその時点でその共同体がとるべき最善の方向であるとする、というのが議会制民主主義の思想だと考えられる。
だから、選挙を各候補者の「勝ち負け」ではなく、われわれ有権者の行う「選択の過程」だと私は捉えるのである。

まあ、候補者にしてみれば、「選ばれたい!」と思う気持ちが満たされるか否かの違いはあるのだろうが。

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