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2009年11月

2009年11月27日 (金曜日)

ガン(悪性新物質)に関する私の直感。

ガンによる死亡率が右肩上がりであがっている。ガンに対する脅威が高まる一方である。
だからこれをやっつけることが医学上、ひいては人類の未来をより明るくするための戦いになっているかのようである。

だが、私の直感は、ガンによる死亡率が上がっているのは、平均寿命が延びているからである。

平均寿命が延びていることによって、細胞のDNAのコピーの回数が増え、それはすなわちコピーの際エラーが生じる確率も増えているわけで、必然ガンも増える。

このような直感である。

2009年11月26日 (木曜日)

(たぶん)儒教的な言語慣行。

かなり公的な文章(私が本稿を起こすきっかけになったのは、本日のNK新聞「春秋」だが)においても、young generationを指すのに「若者」と、いわば呼び捨てにするのに対して、old generation(英語的正確さは不問に願う)を指すときには「年寄り」と「お」を付けるのが一般的。

おそらく、「若者」とか「若者たち」ということに何の抵抗もなくしても、「年寄り」と"呼び捨て"にすることには心理的抵抗を感じるのではあるまいか。
その場合、「お」を避けようとすると、「高齢者」とか、そういう冷たい様相の言葉に言い換えることもあるのだろう。

2009年11月25日 (水曜日)

■CCは「落とす」ものなのかという疑問を以前書いたが、本日見た例では、英文でも"dropped of CC"とあった。やっぱり落とすものなのか、カーボンコピー(もっとも日本人の書いた英文であったが)。
余談だが、カーポンコピーというのもすっかりレトロ・グッズであろう。実用しているところがあるのだろうか? 私が入社したころは、通産省(当時)への毎月の報告書を作るのに使っていたけど。

■○の内線の座席で両側をフランス人に挟まれた。私の右にMademoiselleが素早く座ったあと(オバサンが空席を取るに機敏なのは万国共通か)、左側にMonsieurがどっこいしょとお座りになった。
もとい、「どっこいしょ」ではなかった、"Ouh la la" であった。だから私でもフランス人だと分かったのである(ベルギー人とかかも知れないけど)。
なるほど、こういうときに使うんだ、ウララ。

■会社の隣のビルにはBANCO DO BRASILがはいっている。昼休み、その前の歩道で銀行の方々(見た目ラテン系)がティッシュを配っていた。「オネガイシマース」見事な日本語である。
案内していたのは、レアル建て外貨預金。「ブラジル銀行は高金利の新商品の取扱いを始めました!」さすがBRICs。

2009年11月24日 (火曜日)

ついに子供のクラスが学級閉鎖になった。
とりあえず今日と明日。先週末に連絡が来たので、実質5日間の連続休み。

前から、隣のうちの子がかかったり、ほかのクラスでは学級閉鎖になっていたので、時間の問題と思っていたが、とうとう現実化。

そうなると、何が大変って、学校へ行って給食を食べることができないため、弁当を用意しなくてはならないことである。ということで、朝弁当作り。
もっとも、今は学童保育があるから、このように急遽学級閉鎖になった場合でも、対応してくれるから、恵まれているのではあろう。

しかし、元気な子は、昼だけ学校に給食を食べに行っていい、というわけにはいかないのだろうか。
まあ、いかないんだろうけど(私が学校側だったら、給食費を返納してでもそんなことさせないという判断をするだろうし)

でも、もしそうなったら、子供にとっては面白いかも。

給食を食べるためだけに登校する。

大学生みたい。

2009年11月23日 (月曜日)

8月下旬に外気温=-9℃としか認識しなくなって作動しなくなったエアコン、寒さに耐え兼ね買い換える。取り付け工事してもらう。

2009年11月22日 (日曜日)

胃が胃ま胃ち。

2009年11月21日 (土曜日)

SLBE練習@旗の台。

帰宅後、地元の「夜灯し(よとぼし)」なるイベント。商店街が中心の企画だが、地元の学校の生徒も皆、灯籠の絵を描いており、自分の子の灯籠を探すのがなかなかたいへん。

2009年11月20日 (金曜日)

インサイダー取引防止規程という社内規則は何のためにあるか、という一昨日書いた議論であるが、納得的なのは次のような構成だろうか、と考え直した。

会社は投資家から金を集めて事業をする。
なのに、会社関係者が内部情報を使って株取引をして不正に利益を得るのは
ずるい

ここまでは、インサイダー取引が禁止される趣旨そのものである。

もし、会社関係者がそのようなことをしてしまえば、投資家からの信用がなくなる。
だから、会社は社内規則を作って役員・社員のインサイダー取引を防止する必要がある。

怪しげな第三者割当増資などで、「不正な」利益を得ている者を規制するためには、インサイダー取引規制の強化は必要であろう。
だが、そのような手法を使う者は、そもそも手っ取り早く金を集めることを目的として、会社をいわばツールとして使っているわけで、そういう輩が自分で作るお手盛りの規則になんの効果が期待できるだろうという疑問はある。

だから、そういう輩を規制するのは、やはり金商法なりSESCだという気がするわけで、もとへ戻ってしまう。

2009年11月19日 (木曜日)

1988年の東大オケのサマーコンサートのチケットのデザインは、梨地エンボスの紙に、横長の長方形に沿って緑色で角を丸くした枠が描かれ、半券の部分でその枠が一筆書きの要領で木立のフォルムを描き、また枠取りのラインに戻るなかに、コンサートのタイトルや日時・場所・価格等がクレジットされたものだった。

当時、印刷係としてこのチケットの製作を担当した私は、知識もなかったので、結果として変寸の裁落が生じる無駄な面付けをさせることになってしまったのだが、それに気づいたのはずいぶん後のことである。

そのとき、印刷係の私はデザインとレタリングをある方にお願いしたのである。
製図ができる方で、ノーギャラでやってもらったと記憶している。
その方が、このたびブログを開設されたことを知らせてくれた。

ありがたく拝見し、もちろんブックマークもつける。
20年ぶりくらいなのだが、よく考えたらまだネットを通してしかコンタクトをしていない。
が、まだ見ぬ奥様やお嬢さんの様子すら伺えるようなブログである。
とりわけメカ物に関する記述は読み応えがあると思った。さすが。

検索キーワードは、「おとーさんの学校」+「牧製麺」がお勧め。
Googleのロボットのほうが頻繁に巡回しているみたい。
(それとも今は実は全部googleなの? その辺、ぜんぜん知らない)
なぜこのキーワードなのかお分かりになる方は、私が把握している限り、ご本人のほかはこのページをお読みいただいている方のなかにはおられないと思うけれども、某地方高校の風習をご存知の向きにはけっこうヒットするかも知れないっす(何故かここだけ文末が変調)

2009年11月18日 (水曜日)

上場会社は、内部者取引規則(インサイダー取引防止規程)を整備するのが当然のようになっている。
役員や社員が自社の株を扱う場合に、不用意に売買するとインサイダー取引に該当する危険があるので、これを未然に防ぐために、このような社内規程を用意するという趣旨である。

法務担当者としては、これをアップ・トゥ・デートして整備していくことが求められるわけだ。

その場合、課題としてあがってくるのが、次のジレンマである。
すなわち、一方で不適切な取引がないように規制する必要があり、もう一方で過度の規制にならないようにすることが求められる。

安全サイドにふるなら、自社株の取引は一律禁止(もしくは持株会等を通じてのみ可)とするのが一番なのだが、それだとインサイダー情報を持っていない一般の役員・社員の取引もできなくなり、それは健常な取引まで萎縮させる過度の規制だ、という議論である。

よい内部者取引規程とは、このバランスをうまく取ったものである、とされる。

本日、東証の担当の方による内部者取引防止に関するお話を聞く機会を得たが、そこでもその図式は変わらなかった。
私が聞いてて思った率直な感想は、「東証は思ったよりも固めなのを志向しているんだ」というもので、これについては担当者として留意が必要だと思った次第である。
(ここまではオフィシャルの話である)

仕事的にはそのような対処をするわけだが、よくよく考えたら、なんで会社がそんな社内規則を整備せにゃならんのだ?という疑問も抱いてしまった。

絶対安全サイドにふるなら、全面禁止。それ以外にあり得ない。
そこを欲を出して大丈夫な場合とダメな場合を規定しようとするのだが、それには限界がある。
そんなの、社内規則じゃなくて、金商法に任せておけばいいじゃん。
インサイダー取引を防止するのは、証券取引をしようとする個人の遵法行動とモラルに依存し、取り締まりをSESCに任せといちゃダメなのかね。
たいていの会社には、「刑法犯に当たる罪を犯したら懲戒」という規制はあるだろうが、「人を殺してはいけません」とかはいちいち書いていないのではなかろうか。
それは警察マターなのではなかろうか。

もっとも、横領など、誘惑が近くにある場合、それを防ぐためにチェックや監視の仕組みを作ってそれに従わせるための規定はあるだろうから、内部統制の問題であり、インサイダー取引に関してもその範疇ということなのかも知れないが。

安全を取るなら、自社株取引全面禁止はあり得ると私などは考えてしまう。
でも、安全ってなに?
と考えると、よく分からない。何にとって安全なのか。
会社のレピュテーション? 役員・社員の身? まさか、証券市場の健全性?

誰が、何を求めて、内部者取引規程という社内規則を欲しているのだろうか。
(やはり、今さらこんな無知を曝してはならないのだろうが)

ただ、会社が自己株取得の場面において、インサイダー取引に該当してしまう場合はきちんと排除していかねばならないというのは注意点とあらためて認識。

2009年11月17日 (火曜日)

教育の現場において、教わるほうの側からフィードバックをするというのはあまりなかったように思われる。
つまり、生徒の側が先生を評価するという流れのことで、先生のほうからすれば果たして自分が教えたことが、相手に理解されたかどうかを確かめる術がないということである。

いや、術はあるよ、質問したり、テストをしたら、その結果で相手が理解しているかどうかわかるじゃない、という声があるかも知れない。

だけれども、先生の質問「この問題を…、はい、A君、答えてみて」に答えられなかったり、テストでよろしくない点を取ったという状況に対しては、先生の教え方が悪いというよりは、理解していない生徒のほうが悪いというように捉えられることが多いのではなかろうか。

そのような状況に対して、「私の教え方が悪かった」と先生が思えるだろうか?

けっこう難しいような気がする。上述のような文化があるわけだし。
たぶん、教え方が悪かったと思うより、「なんで分からないのか」と思ってしまうのではなかろうか。罠である。罠。

と、とある講師役をしてみて、思った。教えるほうはけっこう自己満足してしまう性向にある。それが理解されているか、フィードバックを謙虚に受け止める度量が欲しい>自分。

2009年11月16日 (月曜日)

バスを乗り換えたときに、楽器を忘れてきたのに気づいた。

あわてて取りに戻ったら、自分のいた席にロシア人のような風貌の若者が座っていたが、その奥に楽器はあった。
それを取って降りる。
一応確かめてみようと、スライドを取り出す。
ウォーターキーの先の部分が失くなっていて、ホールがぽっかり開いている。あちゃー。
取れちゃった部品はケースの中に落っこっているかな、あとで確かめようと思って、スライドをしまおうとしたときに気づく。

ペコリと凹んでいる。

うっわー、こりゃあかん。どうしよう… Qちゃんに頼まなきゃ。でも、こんなの直せるのかなあ。直っても動きは悪くなるだろうなあ、それは覚悟しなきゃ。

久々に、醒めてみて「ああ、よかった」と思う夢だった。

2009年11月15日 (日曜日)

休日出勤+当直の奥さんを病院に送ったあと、子供サービス。

前の日は天気も悪くあまり体を動かして遊べなかったため、I 毛海浜公園へ向かう。
公園の脇の道は日曜は駐禁が解除されるので、道端に停めて、藪漕ぎをして公園へ潜入する。
私は楽器も持っていく。
たまにはオープンで吹かないと、ということで、モロに吹きつける潮風を少しでも避けるべく松の防風林のなかでリップスラー&スケール。

その間、子供は海岸の砂浜へ出て一人遊んでいた。

小一時間も吹いて帰ろうとしたが、子供の姿が見当たらない。
吹きながらときどき確認していたところでは、海岸沿いに遊び位置がだんだんに移動していたので、まあ先の方にいるだろうと楽器を背負って砂浜を歩いていったが、500メートルほど行ってもおらず、人影も見当たらなくなった。

すわ、車のところへ一人で戻ったか行き違いになったか、と、車のところまで戻るが、案の定いない。

楽器を積み込み、再び探しに出る。
まさか、波にさらわれてはいないよな、いっぱい人がいたし、そうなったら誰か気づくよな、と思いながらも、心配になってくる。(いつもそうなのだが)後先省みず駆け出す我が子に腹も立ってくる。

再び海岸に出て、先ほどのところをトレースするが、いない。

さらに進む。

1kmほど行って、海に向かって石投げ遊びをしている子供の姿を発見。
近づくと、うちの娘であった。

回収し、昼ご飯を外食で済ますという豪遊をし、図書館に寄って帰る。子供はシャーロック・ホームズを8冊ばかり借りていた。

帰って、トロンボーンをお湯と石鹸で洗う。ケースも水拭き。

2009年11月14日 (土曜日)

最近見直したもの。

南沙織…篠山紀信の奥さんとは知らなかった。

ボッケリーニ…ヤ○ハ辺りなら苦もなく探せると思ったら、そうでもない。

2009年11月13日 (金曜日)

銀座へ昼休みに音源を物色しにいった帰りに、外堀通りを流すバス型宣伝カーに遭遇する。
氷○きよしの新曲のキャンペーンのようで、一面に氷○きよしの顔がペイントされた大型バスが、大音量で氷○きよしの新曲を流していた。

遠くから聞こえてくる限りは、右翼の街宣車と区別がつかないのであった。

ちなみに、物色しに行った音源は見つかったのだが、ほかにも伸びた物欲の抑制が効かず、散財。

2009年11月12日 (木曜日)

民主党政権はいろいろ行政のやる事業を見直しているようだが、叙勲・褒章制度をやめたら税金がいくら浮くという発想はないのかな。

私は非国民なので(似非アナーキストという説もあるが)、あのような制度がなくとも一向に構わないと思っているのだが、マネジメントの原則は「信賞必罰」だそうだから、刑罰を用意する一方であのような制度がないとダメというのが理論的なのかも知れない。

たぶん、今このように考えているのは、制度の必要性の有無でなく、その運用態様に疑念を覚えているからであろう(冷静な自己分析)。

2009年11月11日 (水曜日)

オータニとオークラを間違えた。10分遅刻。

2009年11月10日 (火曜日)

普段はまず買わないのだけれど、この方がおっしゃるのなら(万一)騙されても悔いはないという個人的事情のもと、「週間エコノミスト」11月16日号を買ってみる。
普通の週間エコノミストではなく、臨時増刊週間エコノミストだった。壱千円也。普通の週間エコノミストよりずっと高い。

それはともかく、くだんの記事を読んでみる。別にFXに手を染めているわけでも、手を染めようとしているわけでもないので、単なる興味本位である。

一番印象的だったのは、現代は、人工知能を使ったアルゴリズム・トレーディング・システムなるものが開発・導入されていて、例えばある経済指標の発表があると0.0何秒後には機械的に取引がされているということであった。

別に調べたところによると、アルゴリズム取引はもともと大口の投資家が自動的に取引を分散するための仕組みから始まったらしく、その段階なら理解できなくもないような気がする。だが、アルゴリズム取引の別名はロボ・トレードというらしく、そうなるとこの言葉から直感的に連想されるのは、「ロボットのような人工知能が勝手に取引してくれる。しかも24時間不眠不休でやってくれるすごいやつ」と、だんだんと人間離れしてくる。

もうこうなってくると、取引の「実感」などはほとんど失せてくるのではなかろうか。

そして、私が想像したのは、そのような実感の失せた取引において、取引者が拠出する「お金」「貨幣」「通貨」といったものについても、実感が失せてくるのではなかろうか、ということである。

聞いただけだが、FXなどでは最初に証拠金を拠出して取引に入るらしい。あとはポジションをどう持っているか、というような、いわばゲーム感覚になるのだと想像される。

これまたよく分からないが、いちいちオーダーを自分で出したり、それをパソコンでピコピコやっているうちは、ポジションの推移がまだ実感として金額換算され、ぬか喜びしたり悲嘆にくれたり真っ青になったりするのだと思われる。

だけれども、それがロボにお任せ、というような状況になった場合、いつまでこの実感を持ち続けることができるのだろうか。

さらに(私にとっては恐ろしさがあるのだが、実はそうでもないのかも知れない)想像される事態として、そもそもの「お金」に対する実感が薄れてくることがある。
私が言っているのは、いわゆる「金銭感覚が麻痺した」というような話ではなく、金銭に対する実感が薄れてくるという事態である。

ここで私がいつも感ずる、そもそもお金とは何ぞや? という命題につながってくるのだが、そんなロボットが0.00何秒かのうちに取引をして増えたり減ったりするものに、ほんとに価値なんかあるの? という疑念が蔓延したりしないのだろうか。

くだんの命題に対しては、個人的にはお金とは共同幻想であると理解しているので、このように思うのだろう。

つまり、今ここに北朝鮮ウォン紙幣があってもほとんど役に立たず、米ドル紙幣とどっち取るといわれたら多分米ドルを取る(レートはそれなりとする)と思われ、今ここで一番使い勝手がいいのは円紙幣であるのはどうしてかという理由を追究すると、それは国家制度や通貨制度という名の共同幻想があるから、という答えになると考えるのである。
だって、たぶんサルから見たら、北朝鮮ウォン紙幣も米ドル紙幣も一万円札も区別つかない。

ここに挙げた例は、まだ地域間の移動をすればそれなりの価値があるといえるが、時間相が違う場合を考えると、一万円札を石器時代に持っていってもおそらくマンモスの肉と取り替えてもらうことはできないわけで(至極世俗的ティピカルなイメージで恐縮だが)、何故お金というものにそんなに価値をおいているかといえば、それは共同幻想だからというのが、今のところの私の考えだ。

その共同幻想を化生したのが、「お金」という名の紙や金属片などである。
カード取引や口座振替が普及した現代日本では、お金はそればかりではなく、コンピュータ・システム上に記録された電子情報が大きなウェイトを占めている。

でも、あるとき、そんな目に見えない電子情報がくその役にも立たない事態になったとしたら……

たぶん、目端が利いて運がいい少数の者があまった既得権益を次なるメディアとして保有することに成功し、大多数の者はリセットされるのではなかろうか。

などと愚にもつかないことばかり考えているので、「お金の研究」と銘打たれた臨時増刊号の記事をパラパラしても、お金の増やし方や運用の仕方なんかを書いているだけで、お金って何? という私のいつも思う疑問にはなかなか答えてくれないのであった。

2009年11月 9日 (月曜日)

クァルテット・エクセルシオ。面白い。

最近、大人数でやるオーケストラどころか、大編成のブラスアンサンブル(それが何人から「大」編成なのかは秘密として)にもあまり触手が伸びない低代謝(停滞者)になっている。
ということで、本日の道楽行は、東京文化の小ホール。弦楽四重奏。
これは面白い。
つまり、その音楽が面白いというのを含めて、このライブの場が面白い。しばらくハマりそうな予感。

で、小編成にしか興味が行かなくなっていると言いつつ、帰り際、大ホールから漏れてきたオケの音にちょっと惹かれた(トゥールズ・キャピトル国立管弦楽団というフランスのオケだった模様)。

でも、しばらくは小編成ブームだな、自分の中では。
奏者同士のアイコンタクトまで間近でつぶさに伺うことのできる愉悦はたまらない。

2009年11月 8日 (日曜日)

宴。

2009年11月 7日 (土曜日)

いろいろな方に期せずして遭遇した一日。
葬儀の手伝いで休日労働後、着替えて荷物を取って移動。
O井町線でMCのK吉さんご一家に遭遇。
練習後、帰りのS武線の同じ車内には娘の同級生のI庭くんちを見かける。おまけに娘と妻をピックアップ後帰ってきた駐車場でS凪(これまた娘の同級生)ちゃんちに遭遇。

今日の収穫。
新ダブルケースは、500円のコインロッカーに容れられる。

2009年11月 6日 (金曜日)

数えたら、今年5回目の葬儀。
我々の世代では、知人の親御さんのというのが多いと思うのだが、さにあらず、ご本人を知っているケースの4番目。

2009年11月 5日 (木曜日)

メールは「打つ」もの?

私は普通に「メール打っとくから」と言ってしまうが、これに違和感がある人もいるのだろうか?

メールの場合、「打つ」は多分に口語的表現で、書き言葉的に丁寧に表すなら、「送る」だろう。

「打つ」という表現がどこから来たかというと、これはおそらく電報からの連想だと思う。
電報は「打つ」という。打電なんていったりする。リアルタイムで知らないのでいい加減な推測だが、昔のトントンツーツーのモールス信号の時代には、文字通り「打って」いたのだろう。

今の時代も、メールを送信するには、キーボード(や携帯電話の文字盤)をパコパコ「打って」行うのが普通であるから、あるいは「打つ」という表現はここから来たのかも知れない。

ワープロって、「打つ」ものだったのではなかろうか。

2009年11月 4日 (水曜日)

会社法界隈で最近の流行は、反対株主の買取請求権の問題であるらしい。
M&A等の場面において、それに反対する株主は会社に株式を買い取るよう請求する権利があると法律で定められているが、問題になるのは、言ってしまえばただ一点、「いくらで買うか」である。

当然のことながら、株主は少しでも高く買ってもらいたいし、会社は少しでも安く買いたいわけで、利害の相反がここにある。商法から会社法に変わり、この部分における定めも変わったこともあり、今流行りの問題であるようだ。

でも実際の場面でそれは、シナジー効果をどう評価するかになってくると思われる。

で、昔ちょっと合併しかけたことがある会社にいるささやかな経験で考えると、そういうM&Aの場面では、往々にして「シナジー効果」というプラスの面にしか目が行かなくなるような気がしている。

M&Aによるメリットばかりが強調され、そしてそれはスケールメリットだとか管理部門の統合だとか幅広い品揃えの実現だとか、どちらかというと計算しやすいものであり、だから(そのM&Aを進める当事者は)シナジー面しか見えなくなってくるのではなかろうか。

でも、一歩引いて考えると、果たしてシナジー効果ばかりなのだろうかという疑念が湧いてくるのである。

ここで喩えを思い切り卑近にして、NABEO界隈でM&Aが行われたとしてみる。

なお、以下で団体名として表すアルファベット表記は、ランダムに生成したものであり、特定の団体を想定したものではないことをあらかじめお断りしておく。

具体例として、PCとSWが合併することになったという場合を挙げる。

[シナジー効果]
・合併によるスケールメリットから、より大きな音が出せるようになる。
・音域の幅が格段に拡がる。
・互いにない楽器を補うことによる演奏曲目の拡大。特にガブリエリなど。
・事務手続きの統合による運営業務の効率化。
・固定費負担の削減(集約による練習場代やホール代の節減)

新聞を賑わすM&Aで、フィナンシャル・アドバイザーやコンサルタントが入って作るプランでも、けっこうこんな(単純な)感じでシナジー効果だと言っていることが多いような気がする。東京と熊本を往復する交通費などは誤差のうちとなる(^^)。

しかし、PCとSWが合わさってやるガブリエリって、面白いと思うだろうか。
ガブリエリでなくたって、合わさってやる音楽が、一発芸としてなら興味津々だが、恒常的に今以上の面白さを提供していくことができるのだろうか。
事務手続きの苦手なPCの事務を、SWの番頭さんが一手に仕切ってくれたとして、それを「業務の効率化」と称えていいのだろうか。

つまり、合併することによって失われてしまうものはないのか、ということである。

直感的に思うのだが、たぶん失われてしまうものはある。
理論的には、それ以上にシナジー効果が評価されるのでM&Aが遂行されるわけだが、その結果として失われるもっとも大きいことは、不完全さやアンバランスに依拠している「面白さ」なのではなかろうか。
そして、実はその「面白さ」こそがレゾンデートルだったりしないのだろうか。

ところでM&Aは往々にして事業の整理を伴い、不要な部門は切り捨てられることもある。
PCとSWの合併の場合にも、そのような部門はあるわけで、それがN口という人間であることは想像に難くはあるまい。

繰り返しになるが、以上のシミュレーションにおいてイニシャルで示した団体名はあくまでランダムの架空のものである。

2009年11月 3日 (火曜日)

文化の日なので文化活動に邁進する(嘘)。
怒濤のごとき譜面書き。
Finlandiaほとんど書き終わってしまった。音は並べ終わる。今回は珍しく表現記号もほとんど同時進行で入力していたので、あとは推敲とパート譜作り(これが面倒なのだけど)。

休日だが会社より携帯電話へ報あり。その関係で今度の土曜の某ミッション日がバッティング。急遽代役をお願いする。快くお引き受けいただき助かる。

2009年11月 2日 (月曜日)

パソコンを買って、インターネットのプロバイダなるものと契約をし、インターネットを使い始めたのは1996年のことだった。
今では想像だにできないが、当時は「インターネットをする」ためのプロバイダとの契約とは別に「パソコン通信」のための契約もしていた。
別にそれが人より早かったとはぜんぜん思わないのだけれど、当時のPではそれらが必需デバイスとされる雰囲気で、中では私は遅いほうだった。
Pのサイトは最近では更新が滞っているが、開設したはの1996年だったから、早めのほうだっとはいえよう。

さて、その当時、検索エンジンに「トロンボーン」と入れてヒットした数がどれくらいか、記録もないので定かではないが、私の記憶にある分を記してみる。

プロフェッショナルなトロンボーンの人で、その当時「ホームページ」を構えていた人で私が思い出すのは亀谷さんである。
氏が果たして日本で最初のインターネットにサイトを開いたプロ・トロンボーン奏者なのか私は知らないのだが、とにかく初期であったことは間違いないと思う。

今でもそうだが、当時からインターネット上には海の物とも山の物とも分からない情報が跳梁跋扈しているという雰囲気があった。
今は、インターネット上のコンテンツに何某かの権威付けを求める風潮があるが、そんな制御はあとから事実上の影響力の大きさに驚いて何らかの規制を求める筋からきたもので、もともとは自由奔放放任無制限の世界だったと思われる。
最初に恐る恐る「ネット」を覗いてみたときから、すでに玉石混合、見分けるよすがは自分の眼だけというフロンティアな世界がそこに拡がっているように私は感じていた(ような気がする)。

1996年当時、サーチエンジンのサイトで検索をかけてヒットする海の物とも山の物とも分からない情報のうちに、トロンボーンと検索してヒットするなかにそれはあったように思う。

ここから先は私のうろ覚えであり、半分想像がはいって話をつくっている怖れがある。

「トロンボーン」と入れてヒットしてたどったそのページは、とあるトロンボーン奏者が作っているホームページのようであった。
何やらいろいろとトロンボーンの鍛錬のための蘊蓄が語られているサイトだった。
書いている人は(今でも多くのサイトがそうであるのと同様に)どのような人かは分からないが、九州の方に住んでいるらしかった。

ふーん、いかほどのものかいな?

怖れを知らない私は、そのような不遜なことを考えてしまったのであった。

それが本当に不遜で怖れを知らない所業であることを知るまでにはその後数年を要しなかった。
つまり、世の中にはすごいトロンボーン吹きの人がいるところにはいるということを知るまでには。

しかもしかも、それが本当に本当に不遜で怖れを知らない所業であったことに気づいたのは、世紀を跨がなければならなかったような気がする。つい最近まで、といってもあながち間違いではない。
つまり、私にとって幻の「あの」サイトの作者と、実は面識があったのではなかという可能性に思い当たるまでには。

インサイダー情報の提供を受けるのは、堪えられない愉しさがある。

2009年11月 1日 (日曜日)

子供の好きな学園祭。

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