夕方の買い出しで混雑するレジで、会計を待つため並んでいた。
私の前のオバさんが、なんともマイペースな人で、金額が全部出てから、ようやく財布を取り出し、ポイントカードを取り出し、お金を取り出し、とやっていた。
オバさんの会計金額は894円。オバさんは千円札を取り出したあと、小銭入れのなかを覗きこんでかき回していた。
レジの、おそらくはアルバイトの高校生(男子)は、辛抱強く待っていた。
次の順番の私もじっと待つ。
オバさんは、50円玉1枚と、10円玉4枚をようやく取り出し、さらに小銭入れをかき回している。
じっと待つ高校生バイト。
オバさんもさすがにレジの行列が延びてきているのに気がついたらしく、ちょっとあせりを感じたようだった。小銭入れを慌ただしくかき回すが、どうにも1円玉が出てこない。
困惑した感じで、10円玉をもう一枚取り出して、「ええとこれでいいのかしら?」
ここでバイトくんは、このように答えてしまったのだ。
「10円だと、意味ないです」
高校生バイト(男子)は、頭は悪くなさそうだった。むしろ回転は速いほうに違いない。
894円の買い物に対して、オバさんがここまでに取りだしたのは1090円。ここで10円を足されたら1100円となってしまい、釣銭をまとめる意味がなくなってしまう。
オバさんは困惑して、さらにあせってしまったようだった。
小銭入れを穴のあくほど覗きこむが、たぶん1円玉はなかったのではなかろうか。
「ええと、どうすればいいのかしら…」
おろおろするオバさん。「これじゃだめなの?」といって10円を出すが、高校性は「10円だと意味ないです」を繰り返す。
傍から見ている我々には、もうこの高校生バイトくんの過ちは手に取るように分かるわけである。
彼は、まったく正しいのであるが、それでも二重の誤りを犯しているのである。
マイペース・オバさんのおかげで列が延びてしまったレジ待ちの客をこれ以上待たせないためには、最初に894円の会計に対して1100円出されたときに、「はい、1100円お預かりします。はい、206円のお返しです。毎度ありがとうございます!」と捌いてしまうべきだったのである。
さらに、もう一つの誤りとは、「意味ないです」という言葉の使い方である。
バイトくんには悪気はなかったと思う(多少イライラ感は覚えていただろうが、それを露骨に出すほど幼稚ではなかった)。
だがおそらく、あの場での「意味ない」は、オバさんには通じていない。それはオバさんの年代ではあの場面で使うことが予想される言葉ではないからだ。
若い年代の人が、拒絶のニュアンスを表す言葉(だと思うのだが)として、「意味わかんない」といういい方をするときがあるが、彼の「意味ないです」はそういうニュアンスを込めるつもりもなかったと思う。だが、バイトくんには自分たちの年代が、オバさんの世代よりも「意味ない」という言葉を広く使っているということを認識していなかったと思われる。あの場面での「意味ないです」は、同年代なら通じると思うが、オバさん年代には通じにくい気が、私にはした。
では、何といえばよかったのか、というのはビジネスマナー教室のようになって、私が書けるような話ではないのだが、次のようなものではなかろうか。
「お客様、5円玉はお持ちでないですか?」
こうして、1095円(1105円でもいいが)受けとって、101円(もしくは111円)お釣りを渡せばよかったのではなかろうか。
結局高校生バイト(男子)がどうしたかというと、3回目には悟った(というか諦めた)らしく、1100円受けとって(1000円札+50円玉+10円玉×5枚!)、206円を返していた。
傍で見ているとこのように誤りなどが分かるのだが、いざ当事者になるとなかなかできないこともあるので、決して彼を非難する趣旨の記述ではない。お疲れさまであった。
