送別会。
45年間いた会社を去るというのはどんな気持ちなのであろうか、全人生すらそれほどの長さにも満たない私なんぞには想像の仕様もない。
が、人徳というものは現われるもので、それはどうしたって地位や役職などとは関係ないということが如実に現われると思った。
「勤めあげる」というのは、恐らく若い人たちが思っているほど「軽い」ことではないし、ましてそのなかで「有終の美」を飾ることは、たぶん本人の努力だけでない巡り合わせも必要なんじゃないかなとも思ってしまうくらい大変なことではなかろうか。
送別会。
45年間いた会社を去るというのはどんな気持ちなのであろうか、全人生すらそれほどの長さにも満たない私なんぞには想像の仕様もない。
が、人徳というものは現われるもので、それはどうしたって地位や役職などとは関係ないということが如実に現われると思った。
「勤めあげる」というのは、恐らく若い人たちが思っているほど「軽い」ことではないし、ましてそのなかで「有終の美」を飾ることは、たぶん本人の努力だけでない巡り合わせも必要なんじゃないかなとも思ってしまうくらい大変なことではなかろうか。
独検。
3級と4級を受けてみる。
試験の最も効率的な勉強方法は、過去問をやってみることなのだが、そのような問題集を買う費用も、やる時間も惜しかったので、過去のドイツ語講座のテキストを引っ張り出してきて読んでみるくらいで、特に対策もなく臨んだ。
文法などはからっきしでよく解からなかったが、出題されている問題文のドイツ語は、聞き取りも含めて、だいたい何のことを言っているのかは分かったような気がするので、今回ダメでもちょっとやれば何とかなるような気はした。
出題形式など、ぶっつけ本番で、今日初めて知った。リスニングの前には一度休憩時間があるのね。
筆記試験と連続してやると思っていたので、最初の3級のときいきなり「あと10分」といわれてあせった。
ミスはやはりあるもので、今回のミスは、とあるスイッチの入れ忘れ。
一応、業務上の秘密もあるので、とあるとだけ書いておく。備忘録。まあ、Videoなんだけど。
万一取り消し訴訟が提起された場合の証拠が欠けるという欠陥を抱え込んだことになるが、なあに、そのようなものは二重三重に用意されているものである。
ミスの原因をつらつら考えるに、やはり他人を信用したことに行きつく。
と、私は考えてしまう。旧時代のにっきを見返していても、やはりそう書いてある。
そうなんだよなあ。
(でも、私は基本的には性善説にたつ、お気軽な日本人である、と思う。譜面書きにおいても、一応リスク管理はしているが----リスク管理をするべきというのは、学生時代S井さんに教えられた----根本的には、みんな何とかしてくれるだろうという甘えのもとに作られていると言えよう)
41分、0名であった。なしというのは久々ではないか。さびしい。
とりあえず開示をしてみた。
様式は現在のところのデファクトスタンダードと思われるものにほぼ従ったのだが、今後の検討が課題である。ネタはいろいろ浮かんできた。
報道機関の方もちょっとだけ反応してくださったが、ずいぶんと調子のいい応対をしてしまった。イイのか、こんなことで?
BGM用のCDがなかったので、手許にあった棒をつないで、中にはいっていたうちからCorelliを流してみた。ひたすらcorelliを流す。それのみ。何故って、今度の演奏会で取り上げるからである。会社の私物化といえるが、Cカゴ総領事ほどではないと思う。
しかし思ったが、同じ棒にはいっているPISTONの練習の録音などは、間違っても流すことはできまい。BGMというのは、だいたい聞き流していてまともには取り上げないけれども、それでもBGMになる演奏を出来るってのは、実はすごいことであると思った。
いよいよ明日は4年ぶりの本番である。
もとい、総会である。ほとんどいつも総会と略していっているが、株主総会である。
さて、最初に「本番」といってしまったように、私は株主総会業務を演奏活動とパラレルというか、そのアナロジーで捉えるのが常である。
しかし、周りではそれはあまり通用しないのであった。
それはともかく、過去のにっきをひも解くと、なんと5年前の総会の前々日には、D管合宿に岩井海岸に泊りがけで行ったりしている。元気だったねえ(発症前)としみじみ。
ともかく私は株主総会業務においても、リハとか本番とか裏とかアドリブとか返しとか袖とか(さすがにもぎりとかはいわないが…)、つい使ってしまいそうになるのだが、どうやら普通の会社員の間では通用しないので、リハーサルとか当日とか○○をしている間にとかその場で臨機応変に対応するとかこちら側でも見られるモニターとかドアの向こう側とか(受付は、そのようにいうわな)、いうようにしている。
法律上、正当な権利があるとか、教科書的に正しいかとかにかかわらず、実戦上の原則として「キャッシュを手許に引きつけておいたほうが強い」というのはある。
以前にある報道番組で、前払いで注文住宅を頼んだ人が、アー○ンエステートや富○建設の破綻によって、お金が返ってこなかったり、建築が途中で止まってしまって困っているという問題を取りあげていた。
番組では、何の疑問もなく「被害者」といっていたが、あれは被害なのか。
損害には違いないと思うけど。
しかし、借金をしてまで前金を払うというのは、リスク管理上はけっこうリスキーな構図ではないか。
ほかからお金を借りて、そのお金をほかに回すという構図は、こう言っては「被害者」たちは怒るだろうけど、借金を返すためにほかから借金をするのと同じ面があるように見える。
法律上の権限とかそんな難しいことを考えずとも、(日銀券にかなりの信用がおける)現在の日本社会なら、現金(まあ、預金でもいいけど)を手許に引きつけておくのが一番強かろう。
だから、借金をして前金を払ったのに建築が途中で止まってしまって窮地に陥った人が、次に取るべき最も強い手段は、現金収入があったら、それを返済に回さず自分の懐に引き寄せて離さないことである。
それは借金の踏み倒しじゃないか、という声も聞こえるが、現にくだんの報道番組によれば、一部の「被害者」は、安易にローンを組ませて金を貸した「金融機関の責任を問う」という手段に出ているらしい。それはまさしく返済をせず現金を手許に引きつけておく一変形にほかならない。
(続き)
「こういっては失礼だがいかにも場末のスナック」の入口は、燃えた後のくすぶった煙の臭いと、消火器の粉でモクモクとしてしていた。
Y先生がなにやら中と話している。
どうやら、人がいるらしい。
おじいさんが一人出てきた。
「お店の人ですか?」
「いいや、違う。なに、なんなの、これ?」
どうやら、朝から(か昼からか、は知らないが)聞し召しており、カラオケなんぞも歌っていたそうで、夕方のその時間おじいさんは酔っぱらって店で寝ていて、店の人はお客を残して帰ってしまったらしく、酔っ払いで事情のよく掴めないおじいさんは呆然としていた。
通報者ということで、私は何人もの警察や消防の人に入れ替わり立ち替わり話を訊かれた。
そして知ったのだが、あの人たちが人の身元を訊くとき、名前の次に生年月日を訊くのね。
あと、住所と電話番号。
会社の名前とかは訊かない。
結局小一時間ばかりも足止めを食い、子供たちもトイレにも行けず隣のアパートの駐車場に待機させられ、最後に救急の人に軽い問診と酸素濃度の測定をされて、ようやく帰宅と相成ったのであった。
帰宅途上、あいちゃんと、明日学校や会社に行って自慢しようという話をして、他愛もなくひとしきり盛り上がった。
翌日に聞いたところによると、学童保育の先生は、なお足止めをされ、あのおじいさんの身許が分かるまではいてくださいと警察に頼まれたらしい。
そんなこといったって、隣の店で酔っ払って寝ていたという、なんの関係もないおじいさんのために、まあ災難なことであった。
当日の帰宅後も消防から一件電話があった。訊いてくることは一緒だった。
で、思ったのである。
第一発見者を疑え、というではないか。
火事の出火原因の第一は放火である。
放火犯の心情は、猥褻犯ほど理解することが私には適わないが、それでも一種の愉快犯であると想像される。
すると、火をつけただけでは満足をせず、それが騒ぎを起こすことが目的であるようにも考えられる。
ならば、自分で火をつけて自分で通報するという輩が、世の中には少なからずいるのではなかろうか。
現に私も通報後しばらくして消防車が四方からやってくるのにびっくりしたし(火は消えたのに)。
警察の聴取の常套テクニックだとは思うが、いろいろな人が入れ替わり同じことを訊いてくる。
おじさんだったり若者だったり綺麗なおねえさんだったりと多彩である。
これは、やはり何かボロを出さないか、ということをチェックしているのではなかろうか。
まあそれでも、結果的にいわゆるボヤで済んだ案件であっても、あれだけの消防と警察が瞬時にして動員されるのを見ると、日本の公共インフラはたいしたものだと思う。
出火の原因などは、今もって聞いていない。
(了)
火事発見。
いつものように子供を学童保育に迎えに行き、ルームを出て帰路についたところ、ルームの隣の、こういっては失礼だがいかにも場末のスナックの店のなかが何かチラチラしている。
最初は、店のなかで七輪でも使っているのかと思ったが、それにしては炎が大きい。
何というか、店のなかで焚き火をしている感じなのだが、後から考えたら、家のなかで焚き火をするわけはないわな。
お腹も空いていたので見て見ぬふりをして帰ろうかとも思ったが、そういうわけにもいかない。
「あいちゃん、火事じゃないか?」
「えー、そうかなあ」
道を渡って見に行く。
外から店のなかに向かって「すいませーん」と声をかけたが、なんの返事もない。
戸を開けて見ると、確かに何かが燃えて炎があがっている。
これは火事ではないか!!
どうしようか迷う。消せばまだ消えそうな感じだ。どうしよう。
やはり人間そういうときには慌てるもののようで、取りあえず通報しようと、携帯電話で119を押すも、最初は間違って通話ボタンの代わりに電源ボタンを押してしまいリセット。
あらためて119につなぐ。
生まれて初めて119番通報をした。
「火事ですか、救急ですか?」(反対だったかも知れないが)
これが、119番通報をしたときに、最初に訊かれることということを知る。
「火事です」
状況と場所を訊かれたので答えるが、普段通っている所でも、正確な住所など知らない(住宅街なので、とりわけ目立つ物が隣近所にはないのである)。
目についた電信柱の住所を読みあげるが、それが手間取る原因となった。
というのは、ちょっと大きな通りの向こう側の電信柱の住所を読んだため、隣の地名であったのだ。いろいろとやりとりをしているうちに、すぐ近くの電信柱に別の地名があるのを発見し、それを言うと、ようやく向こうでも確認できたようだ。
最後に名前を訊かれたので、答える。
私が通報に手間取っている間に、子供はトコトコと学童保育ルームに「火事かも知れない」と伝えに戻っていたようだ。いいぞ、あいちゃん。使える子に育つのだぞよ。
ルームのY先生が見に行って、うわっ大変とばかりに消火器を持って取って返し、既に天井のほうにまで燃え拡がんとしてた火をプシューっと消してくれた。
という光景は、私が通報してる間に繰り広げられていたものである。
後から見ると、携帯電話の発信記録によれば私が電話したのが6時37分で、消防の方の通報記録が6時42分だったそうなので、消防の方の記録というのは、話を聞き終えて受けつけた時刻なのだとすれば(*)、通報には4~5分の時間を要したことになる。
なにしろ、ビル的には同じ建物なので、まだ残っていたルームの子供たちは、もう一人のD先生に連れられて避難し、そうこうしているうちにパトカーがやってきて、すぐ後には消防車が4~5台もやってきて、辺りは騒然としてきたのであった。
(続く)
授業参観のあと会社。
2年生の算数は、「繰り下がりのある引き算」。
思うに、あれは「繰り下がり」という言葉を使うから、分かりにくいのではなかろうか。
「繰り下がり」という言葉を使って、あの概念をわざわざ説明して、理解させるという授業の流れなわけで、それは私のときと変わらないとも思うのだが、わざわざ「繰り下がり」という言葉を使う必要はないように思う。
「10の位から10を持ってきて」とか「10借りてきて」とかいう計算手法であり、それがあの計算のミソなのだと思うが、その結果として10の位を「繰り下げる」というのは、なんか言い方がよくないというか、それで理解がしにくいと思う人も多いような気がする。
「10持ってくるから減る」んだということをどう理解させるかということなのに、「繰り下がり」というわざわざ直感的に理解しにくい言葉を持ってくるのは不適切ではなかろうか。
文法用語がやたら難しげで数が多いドイツ語を髣髴とさせた。
久しぶりに----東大オケ80周年オケの練習以来だから、2000年以来か?----二食(ただし共用練習室)でトロンボーンを吹く。
30周年のTTC記念演奏会は、11のH氏が幹事を務め精力的に取り仕切ってくれている。素晴らしい。
思えば、80周年オケのときも、幹事を務めてくれたT氏(Trp)が素晴らしかったおかげで楽しい思いが出来たものだった。
いずれも上州快男児、だっけ? ありがたや。
ピアソラは、Piazzollaと綴る。
今まで気づかなかったが、これはピアソラと読むのであろうか?
ブエノスアイレスの人だから、基本的にはスペイン語であろう。
スペイン語では、L(l)が二つならんだllは、昔(といっても1994年まで)はひとつの独立した文字として扱われていた。
そして、その発音であるが、llには地域や人によっていろいろあるのだ。
リャ、ジャ、シャ、ヤのように聞こえる。
これは、日本語にない音なのでいろいろに聞こえるというよりは、本当に地域や人によって発音のバリエーションが広く認められているという感じである。
「そんなんで通じるのか?」という素朴な疑問があろうが、これが意外に、リャがジャになっても分かるものである。
しかしいずれにしろ、llとlが2つ並ぶ限り、スペイン語的には普通の「ラ」行の澄んだ音にはならない。
また、その前の部分にもzが2つ並んだところがある。
するとこれはイタリア語でもそうだが、その前が「ハネる」ように読む。
zの音については、地方によっては英語のthと同じ発音をする人もいるみたいである。
それらに従えば、Piazzollaは、ピアッソージャとなるような気がする(私は、スペイン語のllはジャ系が読みやすかったりする。メ・ジャモ・ノグーチである)。
ただ、Piazzollaはイタリア系のようなので、イタリア語的には、ピアッツォーッラとなるのであろうか。よく分からない。が、意味的には、「広場」みたいなことなのだと思う。
英語的にはピアソラなのかな。
パリに住んでいたころは、どう読まれていたのだろうか?
どこかで調べられるサイトはないだろうか。
マナーについて私に語る資格はないが、カウンター席のカウンターの上に、女の人がバッグをでんと置くのはエチケット的に問題はないのだろうか?
あくまで、ポーチのようなものでなく、カバンである。バッグ。
とある飲食店で、2度ばかり、あとから入って来て案内された女性客が、持っていたバッグをまずはカウンターの上に置いてから腰掛けるのを間近に見て、ふと思ったのである。
同じ女性というわけでなく、ぜんぜん別の方。
たしかに、カバンを机の上に置かないことはない。
私はほとんどないが、モバイル・パソコンを客の前でカバンから出そうという場合、机の上にカバンを寝かせて、おもむろにふたを開いてPCを取り出すという図は、別に違和感はなさそうだ。
でも、食事をするところへ行って、椅子ではなく、カウンターや机の上にカバンを置くというのは、あまりしないのではなかろうか。
くだんの飲食店のカウンターは、その下、つまり膝元に物を置ける棚が設けてあるのである。
大きさ的にもその女性客のバッグだって十分収まるスペースがあった。
結局女性はカバンをカウンターの上の自分の斜め前に置いたまま、運ばれてきたネギトロ丼を食しておられた。
う~ん、悩む。
終戦後GHQが占領下の日本で接収した財産などをもとに築いた資金がある。
数兆円にも上るといわれる規模のその資金は、日本経済復興のために密かに運用されている。
その存在は極秘に隠され、日本政府の各官庁も公式に認めることはないが、日本経済のため名だたる日本の企業に対して秘密裏に融資されている。
久々に思い出したよ、M資金という言葉を。
昔、代表取締役宛に来た手紙を見たことはある。
最近のM資金は、電話なのか?
会社にこのような話をしてくる電話の相手をさせていただいた。
ところで、本日受けた電話も、前に見た手紙も、実物にはM資金という言葉を使っているわけではない。
今朝電話してきた人のトークでは、融資を受けたという企業を2つを挙げていた。
M下電器さんとKセラさん。
M下さん、世界統一ブランドで社名もPナソニックにしたのに、まだまだ浸透していないみたい。
Kセラさんでは、I盛名誉会長の名を出していた。しかし、I盛さんを語るに「有名な経営者」はあまりに芸がないと思う。
で、昨今の経済情勢のなかで、日本の企業を支援するために、その融資話をしたいので、代表取締役に「明後日にでも」時間をとってもらって会いたい、ということをいうわけである。
私が知っているのは、M資金側が社長などの要人にアポを取りたいというところまでなので、実際にアポをとって資金側のエージェントの人がやって来てどのようなことをするのかは知らない。
(普通、そんな手紙は放置プレイだし、アポは断ることになる)
後学のために、いったいどのような人がやってきて、どのようなことをするのか、怖いもの見たさで知りたい気はする。
本日のM資金は、安田銀行の御曹司が資金の管理をしているという話にしていた。
安田財閥といえば、芙蓉グループ。みずほ銀行ではないか。
ちがう、安田財閥といえば、安田講堂である。
今年のTTC(東京大学トロンボーンクラブ)は30回記念、10月11日(日)に、安田講堂で行う。ぜひ皆さまのお越しを。
話が逸れた。
M資金の手法としては、話の発端としていかにもそれらしいビッグネームを持ち出して相手の信用を得るというのが常道らしい。皇族とか政治家、高級官僚などの名前を持ち出すのだ。
もし今日の話で、こっちが「では一度お話を伺いましょう」などとなったら、そこに「安田」さんなる人が現れるのであろう。ああ、見てみたい、安田さん。
で、元に戻るが、電話をしてきた人はヤマモト・ヒデアキという方で、自分を信用してもらうために略歴をファックスで送るという(何故か、そこの振り仮名は一箇所ヒデモト・ヒデアキとなっていたが)。
しばらくすると、本当にファックスが送られてきた。
この手のものは、何故か分からないが、手書きなのである。
そのプロフィールを信用する限り、ヤマモト・ヒデアキさんは大正生まれで、現在86歳ということになる。86歳かぁ……。もし本当に86歳で、M資金のアポメイカー(振込み詐欺でいうと、とにかく電話をしまくる下っ端相当か?)をしているのだとしたら、それはちょっと哀れを感じるなあ、と思った次第である。
M資金の一般的説明のほかに、なぜ当社に電話をしてきたかというストーリーもヤマモトさんは長々と語ってくれた。騙ってくれたのではないことを祈ろう。
要は、Mツビシつながりなのだが、こういう人はたくさんいらっしゃって、特段珍しいものではない。
つながりといっても、今日のヤマモトさんのお話は、昔自分が働いていた造船所の隣にMツビシの造船所があって、船の内装を出したりした関係で一緒に仕事をしたこともあるので、Mツビシには格段の愛着がある、というくらいのものである。立派なつながりといえよう。
おっと、私は早合点する性質なので、てっきりヤマモトさんはM資金の人かと思ってしまったが、間違っていたかも知れぬ。
午後、もう一度かかってきた。
こらえ性のない私は、「安田さん」のアポをとる前に、面倒臭くなって断ってしまった。
(よく考えたら、私はそういう係りではなかった。でも、誰もやらないから仕方ないのであった)
しかし思ったが、M資金の信憑性というのは、GHQが戦後に日本の富裕層から金目のものを取り上げたという構成に一端を負っているのだが、我々の世代ならともかく、もっと若い世代----親が戦後生まれ=親から直接戦争の話を聞いたことのない世代----にはピンと来ず、もっともっと若い世代----祖父母が戦後生まれ=直接戦争を体験した人の話を聞いたことのない世代----には、まったく通用しなくなるのではなかろうか。
昨日書き忘れたが、取締役選任議案には、氏名・生年月日・略歴のほかに、「持ち株数」という記載もされるのだった。
またこれも書き忘れたのだが、私がこのようなのを初めて見たのは、4523の製薬会社さんである。こちらのほうは、もう、なんとも素晴らしく、一歩も二歩も先を行っているのに感動したものである。
株主総会(6月総会)の招集通知が発送し始められた。
MCのを見て、やられたぁと思った(のは私だけのようだが)。
数年のブランクを経て、この業務に戻り、実は会社法下での総会は私は初めてだったりするのだが、会社によって濃淡はあるが、剰余金の処分を取締役会決議事項にし、退職慰労金なども廃止の方向にある昨今、株主総会の実質的意義は、取締役選任議案を諮る場であるということが浮き彫りになってきているといえよう。
するとどうなるかというと、株主総会は、選挙とのアナロジーで捉えるのが分かりやすくなってくる。
株主という有権者は、この人に経営を任せていいのかどうかを判断して、議決権行使と呼ばれる投票をするわけである。なかには誰がやっても同じさとばかりに、議決権行使には無関心な人たちもいるが、会社法では選挙と違って定足数があるので、最低限の方々には会社としては「投票」してもらわなくてはならない。
さて、選挙だとすると、ひとつには開票結果の開示が望まれてくる。
誰が市長になりました、という結果だけでなく、誰が何票をとって次点の人とは何票差で市長になりましたということが知りたいと思われるようになる。
そして、投票するほうには、候補者はいったいどんな人なのかい?という素朴な疑問が生まれてくる。
選挙になると、どこからか掲示板が持ち出され、そこにポスターがべたべたと貼られる。
たいていのポスターは、候補者の顔写真が載っている。
そう思って株主総会の招集通知を見ると、これが候補者が誰か、名前とか年齢とか略歴とかは書いてあるのだが、不思議と顔写真を載せるということは行われてこなかった。
でも、選挙とのアナロジーで考えると、今後はどうなるか、想像できるのではなかろうか。
…というようなプレゼンのようなものを、冗談交じりでこの春先に行ったのだが、やられたよ、MCさん。そんなこと一言もいってなかったじゃん。
なんでだろうか、Outlookがメーラーとしてうまく使えない。
いや、別に操作方法が分からないとか、よく落ちるとか、そういう話でなくて、これを使ってメールのやり取りをしようとすると、タイトルを入れ忘れたり、タイトルが不適切なまま送ってしまうことが多いのである。
なんでだろう?
上でタイトルと言っているのは、Outlookでは「件名」とあるものである。
今日は、まったく関係のない件名への返信というタイトルで新規案件を送ってしまった。
思うに、返信とかのコマンドを使うと、自動的にタイトルをつける機能が悪さをしているんだな。
何しろ、一番初めにパソコン通信したときには、エディタでテキスト作って、いちいちsub:とか/endとか入れたのを流し込んでいたような気がするし。