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2009年5月

2009年5月31日 (日曜日)

運動会。

6時半に場所取りに行ったのを皮きりに(それでも前から3列目)、学校との間を7往復くらいした。弁当作りに手間取ったり、忘れ物をしたりしたためであった。

2009年5月30日 (土曜日)

P練。

録音機を買って以来、これを使ってみてるのだが、曲ごとに初めから録りっぱなしにしておいたのを、帰宅後に配布のため編集していると、練習時間のほとんどを言葉によるコミュニケーションに費やしていて、楽器を吹いている時間はほんの僅かだという事実に気付き、興味深い。
って、練習時間の大半はおしゃべり(馬鹿話)に費やされているという事実に気付き愕然とする。

近年の練習ではとみに吹いているよりだべっているほうが長くなった、なんてという自覚はないから、これはもう昔からそうだったようだ。

2009年5月29日 (金曜日)

運動会の弁当の材料を仕入れて子供を迎えに行ったら、グランド水浸しのため早々に延期が決まっていたらしい。

2009年5月28日 (木曜日)

会社の社長は日本で一番多い苗字である。
今度の株主総会で、社長が変わる予定なのだが、新社長は日本で2番目に多い苗字である。

したがって、社内には同じ苗字の人がたくさんいる。

滅多にないのだが、株主総会周りの業務をしていたりすると、社長から直接内線電話がかかってくることがある。

プルプル(内線の音) (カチャ)

「はい、野口です」(内線は1人ごとに番号があるので、すぐに名を名乗る)

「○○(日本で一番多い苗字)です」

なにしろ日本で一番多い苗字なので、一瞬誰だか定かではないのである。
しょっちゅう聞いている声ならすぐに判別できるのだろうが、私には滅多にあることではない。

話を聞いているうちに、「うわっ、社長じゃないか」と畏まるわけである。
念のため申し上げておくが、前文の「 」内は内心の声であって、口に出して言う声ではない。

こちらからかけるときは、もちろん「××の野口です」と所属をいう。

ときどき名乗らずに「オレだけど」という人もいるが、そういう方はよほど特徴のある名物人間でなければ、長生きはできまい。

まあ、しょちゅうコミュニケートしている相手なら、「野口です」と名前だけでいう場合もあるが、基本的には「××の野口です」という。

しかし、たしかに社長の場合「社長の○○です」とことさら言うのは、言いにくいかも知れないなあ、と思うわけである。
もちろん高い地位にいる人間は、VIPとして周りの人間のほうが感度を上げて取り扱ってくれるのに慣れているというのもあって、名前だけいえばどこの○○さんかすぐに通じているのに慣れているのかも知れないが、たぶん、自分で身内の人間に対して「社長の○○です」というのには抵抗があるのではないか、と思っている。
たぶんそのような言い方には、「オレは社長様だ、エラいんだぞ。お前ら言うことよく聞けよ」という尊大なニュアンスが込められてしまうことを恐れていると拝察する。

これが、もっと少ない苗字であれば、社内には◎◎さんが一人しかおらず、◎◎さんと言えばその人と分かるという状況なら、単に「◎◎です」といって社長から電話があっても困らないのだが、今の社長は日本で一番多い苗字なのである。

しかし、「○○です」と社長からかかってきた電話に対して、「どちらの○○さんですか?」と確認したりするのは、いくら電話では声質が変わるとはいえ、社員としてしがたい行為ではなかろうか。

で、このたび社長は交代するのだが、新社長もまた日本で2番目に多い苗字。
たしかに、多いからそういう苗字の人が社長になる確率も高いのだろうけど。

日本で一番多い苗字とその次に多い苗字の人なので、同じ苗字の人たちは、普段は下のほうの名前で呼ばれていることも多い。
でも、社長になると、少なくとも本人の前では、そう呼びにくいわけである。

2009年5月27日 (水曜日)

まとまりがなく心に響いてこない合奏の一種に、いわゆる「オレがオレが」というのがある。
「オレが目立ちたい」「オレが美味しい旋律をやれればそれでいい」「オレの素晴らしい音を聞けよー」というのばかりが透けてきて、結局なにを言いたいんだか分からない演奏に堕するというパターンである。

しかしこの「オレが」と思う気持ちはかなり大切なのではあるまいか。
合奏だけでなく、各種共同作業においても通じる話なのではあるまいか。

問題なのは、「オレが」という思いが、「オレだけが」とか「オレが一番に」という方向に行くことにあるのだろう。

ここは「オレが」やる、と、トータル・バランスのなかで素直に思えるかがポイントなのだと思うが、そうはなかなかいかないところが人間心理の難しさだろうし、そもそもトータル・バランスとはなにかということ自体が、相対的で人それぞれの捉え方があろう。。

2009年5月26日 (火曜日)

色合わせは難しい。

と書いて思い出したが、ああいうのは、出力の方を調整するのでなくて、モニターを調整するのがよいのだそうだった。

2009年5月25日 (月曜日)

私のPCの手元の検索エンジンの窓に「○ぎた手記」(○は伏字・為念)と入力してサーチすると、真っ先に出てくるのは私のホームページのリンクのページだったりする。

ちなみに「バストランペット」で検索すると、最近はかなり上位に来ていて驚いたりする。

それはさておき、サガンといえば。

私が読んだことがあるのは、『優しい関係』『悲しみよこんにちは』と『ブラームスはお好き?』くらいかな。
どれもタイトルがなんとも素晴らしい。
あらためて調べると、原題もだいたいはこんな感じで良さげなのに加え、朝吹登美子氏(多分)のセンスある訳出で、こういう魅力的なタイトルが並んでいるようだ。

しかしけれども、読んだのは学生のころだと思うのだが、内容などについては、すっかりまったく頭に残っていないのであった。
もっとも内容が頭に残っている本などほとんどないのだが、それでも「面白かった」とか「お手軽推理小説」とか「古臭い」とか、なんとなくの感触が残っていることは多いのに、サガンに関しては何も残っていないのであった。
それでもサガンを少なくとも3冊は読んでいるのは、「サガンを読むというのは、ちょっとカッコよくね」という、実に浅はかな感覚のなせるわざであろう。
ちなみに、私が学生のときにサガンを読むというのは、別に流行最前線でもなんでもなくて、つまりここでいうカッコよさとは、一昔前のカルチャーに直に接してみるというカッコよさであり、同じ頃に深夜の再放送で白黒の『これが青春だ!」に見入っていたのも同じ感覚である。

2009年5月24日 (日曜日)

帽子を探すも、なかなか売ってない。

2009年5月23日 (土曜日)

2年生はまず長さの勉強。
物差の袋を作れとの指令が学校からある。

それにしても、いまだに竹の物差なんだ。
これが伝統を守るということか、はたまた既得権というものか。

2009年5月22日 (金曜日)

たまには飲み。

2009年5月21日 (木曜日)

たまには仕事をしないと。

2009年5月20日 (水曜日)

メール来る。
ダメだった。
そう上手くはいかないわな、菊地さん。

2009年5月19日 (火曜日)

稼動している腕時計がゼロになってしまったので、1つは入手しようと物色していた。
結論から述べると、奥さんのお奨めに従って、ソーラー電池の物を買ったのだが、私が買う時計にしてはけっこうイイ値段のヤツを奮発したという感じだ。

有楽町の某量販店は、1フロアーの半分くらいが時計売り場に当てられているフロアがあるのだが、そこを見て回って思った。

「私の欲しい時計は、売っていない」

買った時計に関してはかなり妥協の産物なのであった。

何故に、腕時計、そしてカジュアル・シューズ(*1)は女性用のほうが魅力的なのであろうか。

腕時計に関して言えば、私が自分で使うために買おうとそそられたものは、ことごとくLadysかKidsと銘打たれているのであった。

だいたいにおいて、Mensとされている時計は、デカ過ぎる。

おそらくそれは最近の傾向で、昔よりもメンズの時計の本体部分はデカくなっているのが流行りである。
なんだそれは、カシオG-Shock以来の傾向か?

私は、背こそ独活の大木のごとくデカいが、腕などは蚊細い(←当て字)ものである。
一般的な大きさのメンズの時計をすると、子供が大人用の時計をしているかのごとき、丈余り感があるのだ。

かといって、本当に宝飾的な女性用の時計に惹かれるわけではない。
あれは、よく文字盤が見えるのぅ…と感心するくらいのもので、美しい女性の手元でキラりと品良く輝いているのが素敵なのであろう。
私が欲しいのは、いたって実用的なデザインで、できれば軽く、見やすいものである。
キャラクターさえ描いていなければ、Kids向けの安物っぽい時計が、最も機能的にフィットする。

ということで、もう一つ予備用に買うとしたら、今度は迷うことなくLadys(kids)から選ぶことにしよう(*2)。

(*1)私はかねがねグレー地のスニーカーを欲しいと思っているのだが、そのようなデザインのものがスーパーに売っていた場合、ことごとく女性用なのである。別に女性用でも構わないのだが、女性用なので、私の足のサイズに合うまでのサイズはないのである。

(*2)別に、ラングドン教授(by Dan Brown)を気取っているわけではない。
 映画は見ていないので定かではないが、噂ではその描写は映画では省かれているとも聞く。
 小説では、ラングドン教授はミッキーマウスの腕時計を愛用していることになっているが、素朴な疑問として、映画化された場合ディズニーはそのミッキーマウス時計の使用に対して著作権に基づくなんらかのコミッションを請求するのかなあと思った次第。

2009年5月18日 (月曜日)

正座の練習。

昔はもっと楽にできたように思うのだが、ステロイドで関節の痛みが出るようになって、一時期あぐらもかけなくなったのだが、ふと気がつくと正座をするのも辛いのであった。

ということで、洗濯物をたたむとき正座の練習をすることにした。

2009年5月17日 (日曜日)

築地でハイドンのコンチェルト。

2009年5月16日 (土曜日)

娘はお好み焼き・もんじゃ焼きがいたくお気に入り。

しかし、このあと意外と食欲が伸びずちょっと痛恨の様子。

2009年5月15日 (金曜日)

今まで生きてきたなかで「痛い」思いをしたベスト5を考えてみた。「痛い」といっても、本当に肉体的に痛かった経験。

それが必ずしも「死に近づいたベスト5」とは一致しないのであった。

2009年5月14日 (木曜日)

覚書。

共通一次試験は1979年に始まった。
私の認識では、これ以降「マークシート」というものが一般的になってきたように思う。

1979年に初めての共通一次を受けたのは、現在4回目の年男・女を迎えるくらいの年齢となっている。
ということは、現在50代以上の世代にとっては、マークシートへの馴染み方はそれ以下の世代の人間とは違っている可能性がある。

2009年5月13日 (水曜日)

高校のときに、トロンボーンの後輩でE君という人がいました。
一方、先輩のOさんという人がいました。
E君は、吹奏楽部にはいったのですが、云わばOさんと反りが合わなくて、数ヶ月で退部しました。

というアウトラインの記憶を呼び醒まされた。

で、この歳になるとかなり朧気で怪しい記憶になるのである。

トロンボーンの私の同期は私とY君の2人で、1つ下の学年はO君とSさんの2人だった。
それをよく覚えているのは、その4人のカルテットでアンサンブル・コンテスト(東海大会)に出たからである。
Oさんも確かにいた。一緒にアンサンブル・コンテスト(東海大会)に出たのは覚えているし、学園祭のステージ用の振り付けを一緒に考えたりしたことも覚えている。

怪しくなるのは、ここら辺から。
先輩にはたしか、Fさんという人とMさんという人がいた。しかしこの方々は2年生だったのか3年生だったのかはっきりしない。
Nさんという豪快なトロンボーンを吹く女性の先輩は、たしか既にOGだったと思う。

う~ん、E君は1つ下だったのだろうか?
でなければ、Oさんと反りが合わなくて辞めるというような学年関係にはならないわな。

私自身は、Oさんとは悪い関係ではなかったし、E君にもそう嫌われているわけではなかったと思うので、その間に挟まって神経をすり減らしたこともある(嘘)。

そんなことをふと思い出したのであった。

彼・彼女らは今、どうしているのだろう。

2009年5月12日 (火曜日)

契約書(英文)を読んでいて、ふとあることに気づいてしまった。

スキーの「金具」って、なんて呼んでいるか?

(ここでいう金具とは、スキー板にスキー靴を固定するための装置のこと)

最後にスキーを履いてから、もう10年以上経っているので、最近の傾向は知らないのだが、私の語法では、あれは「ビンディング」と呼んでいた。スキーを売っているショップなどでも、そう呼んでいたと思う。

あれって、意味からいっても、binding?

ということは、普通に読むならバインディングなのか。
(紙を挟んでおくのは、バインダーと言うし)

bindingという綴りをパッと見ると、bindという動詞を思いつかない限り、ビンディングと読みたくなる気持ちはよく分かる気がする。bindをビンドと読むのは難しそうだが。

そう思ってネットを叩く(変な言い方だが、大阪府知事も高校生に推奨していたものである)と、最近のスキーは、スキー板とビンディングが一体型になっているのが主流らしい。
私の子供のころは、スキーを買うと言ったら、(1)スキー板、(2)スキー靴、(3)ビンディングの3点をセットで買い、かつ、ビンディングをスキー板に取り付け靴がフィットするよう調整してもらうことを意味していた(ストックとウェアは別買いでもOK)。板はロシニョール、靴がノルディカ、ビンディングはマーカーとか、そんなのがブランド志向チックで、もっと通な人がオガサカなんかを履いていた。ちなみに、ストックはもちろんシナノである。

その頃からの人は、新しく板を買うときに、ビンディングも選びたいようなのだが、最近のは一体セットになっていて、そういうのがなくなってきているらしいことを、このたび初めて知った。

また、スノボの世界にも同じような金具があるはずなのだが、こちらのほうではバインディングという言い方のほうが普通という気配がある。

スキーのほうでも、バインディングと呼ぶほうが増えているのかも知れない。

しかし、ワタシ的には、ビンディングという日本語、かなり好きだ。

2009年5月11日 (月曜日)

時計が止まる。
電池を交換したのはたかだか半年前だったのに。
もっともそのとき時計屋に、だいぶ古くなっているので電池はそんなに保ちませんよ、と言われていたのだけれど、はたしてそのとおりであった。
摩耗など、機械的に寿命なのだそうだ。
蓋を開けて中を見て分かるのか。やるなあ、時計屋。
国産クオーツの量産品で15年以上も使ったので納得しないではないのだが、ソーラー時計を買っても半永久的に使えるわけではないと認識した次第。
傘と時計は高級品は買わないことに決めているのけど(よく失くすから)、今度どうしようかのう。

2009年5月10日 (日曜日)


P練の後、マンモス公園を訪ねる。

2009年5月 9日 (土曜日)

夕飯の買い出しに自転車で行く途中、近所の大学生と思しき若き男女が、公園で野球遊びに興じているのを目撃する。
別に羨ましいわけではないが(羨ましいけど)、最近は極普通に女子も野球遊びをするようになったものか、と思う。
地域性があるかも知れないが、私が幼少のころなどは、野球遊びは男子のものであった。
女子と遊ばなかったとは言わないが、その場合にはドッヂボールとか、そういう感じだったような気がする。無意識のうちに、そういう色分けがあった。
今思えば、不自然なその状況を不自然と感じなかったものよのう。

高校の吹奏楽部は、なぜか土曜の午後は部内でソフトボールをする習わしだった。
今の吹奏楽部は圧倒的に女子が多いらしいが、私のいた高校は元々男子校のため基本的に男子の方が生徒数が多く、吹奏楽部は当時男女半々くらいだった。そして明確に、木管=女子優勢、金管=男子優勢という図式が描かれていた。

ともかく、土曜の午後はソフトボールなのであるが、基本的にプレイヤーは男子である。
というか、そんなふざけた、要は遊びたいだけの訳の分からないことをするのは、男子なわけである。

そして、そのソフトボールには女子ルールがあった。
例えば、女子に三振はない。
反面、男子は三振したら全員にアイスをおごる(と、囃したてられた)。

女子が打つと、そのボールをとってアウトにするのはタブーだった。
その場合には、わざとエラーしたりしてヒットにしたりして出塁を許さなければならないのであった。

それからすると、最近は普通に子供とキャッチボールしたりノックしたりしている女性(母親)も多いし、野球遊びも男子だけのものではなくなっているのかも知れない。

私も娘とキャッチボールをしなくてはならないのだろうか。

ところで、その娘の自転車が新調された。
私が買い物から帰ると家の中は空で、遂に「実家に帰らせていただきます」状態になったのかと密かにワクワクしていたら、自転車屋に行っていっていたということらしい。

2009年5月 8日 (金曜日)

ブックマークをつけていないパソコンで、N村さんのblogを見ようと、検索ワードをしばし黙考し(*1)、「なかなか屋 トランペット」と入れたら、それこそ、なかなかたどり着かなかった(*2)。

もう一度黙考し、入れたワードは、もちろん「ナチュラルトランペット」。

素晴らしい。Wikipediaの次、2番目に現れ、無事目的を果たせた。

(*1)"Once A Trumpeter"が思い出せなかったのである。
(*2)"なかなかや"が正であった。それだと一発。

2009年5月 7日 (木曜日)

下請法の話を音声だけで聞いていると、最も肝心の主客が逆転して聞こえるような気になってくる。

それは。

下請法には親事業者と下請事業者とが登場し、つまりは、親事業者は優越的な地位を利用して下請事業者をいじめてはいけないよ、という法規制なわけである。
親事業者か下請事業者かは、資本金の額によって外形的に決めているが、たいていの場合、イメージ的に、親事業者=大企業、下請事業者=中小企業という図式が成り立つ。

さて、下請法の話をすると、この2つの言葉が頻繁に登場するのは当然のことである。

が、音だけで聞くと、親事業者はオヤジギョウシャであり、これがオヤジ業者という文字を連想させるのである。

甚だ通俗的イメージなのであるが、オヤジ業者⇒社長のオヤジが一人または極数人を雇ってやっている零細企業、という連想が走ってしまうことがある。

オヤ・ジギョウシャと「・」のところで間を空けて言えばいいのだが、それを怠って一息で言うと、オヤジという響きのインパクトが強くて、どうしてもオヤジ業者に聞こえてしまうのであった。

すると、オヤジ業者が下請業者のほうを指すような気になってしまい、話がへんてこになるのである。

2009年5月 6日 (水曜日)

蕎麦屋でカレー南蛮を頼むと、紙エプロンを出してくれるところがある。
この数年行ったことがないので定かでないが、焼肉店などでも出してくれることがあるのではなかろうか。
首の後ろでガサゴソと結んで使うあれである。Kamiepuron_2

「どうぞ、お汁が飛ばないようにお使いください」*

このように渡されるわけだが。
ちょっと待てよ、その言い方はおかしくはないか。

なにも知らない人が、そう言われてあれを出されたら、果たして首にかけて使うものだと思うだろうか。あれはたいてい折りたたまれて出てくる。つまり四角い状態である。

"飛ばないように"使うわけだからと、あれをカレー南蛮の丼のうえに被せたりしようとはしないだろうか?

別に伝わればいいので、*の言い方が間違っているとはいわないが、本来的意味でいけばこうであろう。

「どうぞ、お汁が飛ぶと汚れますのでお使いください」

だが、これが言い難いことは理解できる。言い方次第では、お前の食べ方は汁が飛んで汚らしいとも聞こえかねない。

(画像は(株)オキナ販売様のを勝手に掲載させていただきました)

2009年5月 5日 (火曜日)

油や。のち、娘に会う。

2009年5月 4日 (月曜日)

昨日はラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの演奏会の空き時間が長かったので、久々に金町を見てきた。もしかしたら8年ぶりくらいかも知れない。

とりあえず、広大な更地は見てきた。ちゃんとぺんぺん草は生えていた。

20090503_nakagawa_2

2009年5月 3日 (日曜日)

ナマ中川英二郎とナマ小曽根真を観に、朝から丸の内に出かける。

2009年5月 2日 (土曜日)

奥さんを病院に送り出し、子供を長野に送り出し(祖父付き)、譜面書きに専念。
「気球にのってどこまでも」を終了。
Pのメドレーの最後の部分なのだが、我ながらあまりにバカバカしい仕上がりに、採用が危ぶまれる。とりあえずアップ。

2009年5月 1日 (金曜日)

譜面書きは、これから「気球に乗ってどこまでも」をなんとかしたあとは、SLBEの色物にとりかかる予定となっている。

色物のほうは、曲の並びと奏者のマトリクス表までは作ったので、あとは資料を集めながら書いてゆくだけなのだが、ちょいとばかり後ろ髪を引かれる事態が発生。

選曲候補に挙げながら落とした曲のなかに、再考を促す発見があったのだ。

片方の曲は、1966(昭和41)年。もう片方の曲は、1979(昭和54)年。
どっちも古いっちゃ古いことには変わりないのだけれど、1979年のほうは、2008年にEXILEがカバーしていたりしたらしく、人口膾炙度は1979年のほうかと思っていた。

けれども、1966年のほうには、なんと記念碑が建てられたりしているらしく、また、当時紅白にも出たようで、年配のかたの方面には、こちらのほうが膾炙しているかも知れないと考え直したのである。

テーマ的には、1966年のほうがジャストミートであり、1979年は変化球。
やはり、戻すか…。

が、しかし、1966年と1979年とは曲調が著しく異なる。前者が渋めで後者は派手だ(私の感覚では)。
当然のことながら、適任ソリストも両者では異なり、1966年ならMさんだが、1979年はTさんである。
しかも、マトリクスは既にできている。良い出来か悪い出来かはともかく、一応いろいろな流れや面子割りを考えて全体を構成している。
全体のトリをどうするかというのは、わりかし重要なので、これを変えるとなると、すべてを組みなおさなくてはならない。

ということで、1966年はやはり採らないことにした。
すみません、M川泰先生。

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