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2009年4月

2009年4月30日 (木曜日)

反社条項というよりは、暴排条項というほうが多いのか。
googlの結果はそうでもないけれど、どちらが普及していくのであろうか?

私はちゃんと研究していないのだが、必ずしもこのような論理的に乱暴な条項(相手が反社会的勢力と関係があったら、無条件かつ即座に解除事由となる)は好きではなく、そういうのは一般条項でいくのが筋かとも思うのだけれど、現実の場面ではこういうのがあったほうがやりやすいのかも知れない。現実の場面に出会ったことは幸か不幸かまだないのだけれども。

2009年4月29日 (水曜日)

日本人は白黒はっきりせず、曖昧にグレーゾーンを残しておくのが好きなのではなかろうか、という仮説を立てたことがある。
その証左を足許に探ってみた。

さて、われわれは温泉地などにある観光ホテルでは、典型的には次のような行動をとる。

エントランスをくぐると、靴を履いたままロビーを通りフロントに寄りエレベータに乗って部屋までいく。
部屋の入口で靴を脱いで、部屋に上がる。茶を淹れてTVを点け一服するなり、大風呂に行って汗を流すなりする。
そうしているうち、やがて宴会の時間がやってくる。
スリッパで階下の大宴会場まで行く。そしてスリッパを脱いで大盛り上がり。

このスリッパゾーンが、本邦の誇るべきグレーゾーンではなかろうか。

ロビー、エレベーターホール、廊下などのスペースは、靴でも歩くし、スリッパでも歩くのである。ここがスリッパゾーンであり、どちらもありという意味でグレーゾーンになる。

外と内、ONとOFF、公と私。これらの概念を当てはめると、靴を履いているべき場所が前者にあたり、靴を脱いでくつろぐ場所が後者にあたる。ホテルに入るまでは前者であり、部屋に上がってからは後者となる。

そして、その間の境界は一直線には引かれず、スリッパゾーンという、どちらでもOKな緩衝帯で仕切られる。

このような部分が存在するのは、どうしてなのであろうか?

思うに、部屋から出るときにはすべからく靴を履かなくてはならないとなった場合、われわれはたいへん窮屈に感じるものと予想される。観光ホテル自体は大きな建物であるが、個々の部屋はそう広くはない。ところで、われわれの感覚としては、靴を履いて出る=公の場=気を引き締めなくてはならない、という発想になる。これではせっかく温泉地の大きな観光ホテルに来たのに、気を休めることができるのは狭い部屋のなかだけということになってしまう。
けれども、旅館と比べて観光ホテルというと建物が大きすぎる。その建物の中をどこでも素足でぺたぺた歩けるとなると、これはこれでちょっと「うち」の範囲が広がり過ぎて落ち着かない。

だから、スリッパゾーンというグレーゾーンがあるのではなかろうか。

エコロジカルなことが求められる昨今、天然資源に乏しい本邦は、人一倍省エネルギー省資源に努めるべきであろう。すべからくホテルにスリッパを備えつける必要は、冷静に考えればない。スリッパゾーンをわざわざスリッパを履いて移動することはない。履いてきた靴を履いて移動すればよいのである。しかし、そういうホテルから余所のホテルへ客が流れることもまた、容易に想像できよう。なぜなら、われわれはグレーゾーンを愛しているからである。

2009年4月28日 (火曜日)

歌謡番組に見入ってしまった。

いくつかの条件が重なったことによる。1)奥さんが当直で不在だった。2)休日前だったので酒を飲む練習をしていて、いい気分になっていた。

しかし、ニュースに続いて出てきた映像に惹かれたことが大きい。
何故なら、そこに写っていたのは、大阪シンフォニカーが演奏する姿であり(あっ、oboe見るの忘れてしまった)、ポイントは指揮棒を振っている人であった。藤野浩一
実は、不勉強な私は氏の名前を知ったのは昨日のことであった。たまたま読了した本が宮川泰さんの本で、そこに文を寄せている一人に藤野氏がいたのであった。

これぞ、まさしくシンクロニシティ。

その本では、藤野氏は、宮川泰のスコアコピーをこっそりとゴミ箱から拾い出して、それを見てテクニックを盗み取ろうとするという、高級料理店の厨房もかくやという印象的なエピソードを描いているのであった。

藤野氏の伝では、日本中のアレンジャーの憧れは、前田憲男、服部克久そして宮川泰となっていて、なるほどと思うわけである。

NHKの番組は、近年あまり見られなくなった(と思われる-何しろあんまりTVを見ないので)正統派音楽バラエティであって、生オケで歌伴をするというそのスタイルも、今ではのど自慢でかろうじて見られるというものの、フルオケがやるというのはそうなく、とても興味深いのであった。

近年の傾向かどうか知らないが、番組ではちゃんとアレンジャーの名前もクレジットされていた。昔はこんなのなかったと思う。
「8時だよ、全員集合」」の盆周りなどが、たかしまあきひこさんの手によるものだと私が知ったのは、インターネット時代になってからである。

それでも、番組中、ちょっとした音楽(宮川大助・花子の登場のBGM)や、コントでやった六甲おろしのいろいろなバージョンは、これこそおそらくは藤野氏のアレンジだと思うのだが、クレジットはなかった。
でも、どう考えても、全編中これが一番面白かったわいな、私には。
まあ、アレンジとしては、極めて真っ当な普通のアレンジだったとは思うけど。
でも、映像で見られるというのは貴重だ。

2009年4月27日 (月曜日)

文庫に落ちるのを待って本を買うのが常のところ、今般は姫野カオルコ『コルセット』を買う傍らにいよいよ噂の京大四畳半文学の『夜は短し~』が文庫に落ちているのを発見した(*1)ので、そのほか数冊と一緒にがばっと入手(*2)。

そうして、今の今まですっかりと勘違いしていたことを発見した。

森見登美彦『夜は短し恋せよ乙女』ではなかった。

「歩けよ」だったらしい。

(追記:註)

(*1) と思ったら、もう4刷を重ねているらしい。

(*2) 多田富雄『生命の木の下で』
   山本渚『吉野北高校図書委員会2』

2009年4月26日 (日曜日)

強風。

一緒に買い物に行った子供は、もらった風船を飛ばされ、おまけに自転車が倒れそうになってカゴに貯めておいた諸々の宝物(砂場で拾った貝殻とか、BB弾とか)をこぼしてしまい、泣きべそをかきながら帰る羽目になった。

スーパーを出る前に、私は予告したのである。

「こんなに風が強いから、絶対風船はちゃんと持って帰れないと思うから、今からあきらめておきなさい」

飛ばされてしまったあと子供いわく、「あきらめていたんだけど、やっぱり悲しい」

そもそも風船はスーパーの前の新築高層マンションの客寄せ福引(アンケート回答必須)で配っていたのだけれど、あの周りがとりわけ強い突風に襲われるのは、どう考えてもあの高層建築によるビル風のせいなんだけれどなぁ。

そんな日に風船を配るのは、逆効果だと思う。

2009年4月25日 (土曜日)

ピストン@つくば。
雨中ドライブ。ショートカットする下道(R16)が混んでたくさいので、浦安湾岸地帯から三郷を経由して大回りする高速乗り継ぎ贅沢コースを行くも、降りる直前の事故渋滞に引っかかり、30分ばかり遅刻。
帰りも、家族との外食の約束を果たすため、贅沢高速onlyコースを選択。今度はおかげで思ったよりもだいぶ早く着いた。

ETCなどないので、1000円の話などなにも関係のない私。

と思ったが、たぶん、上記コースだと、違いは片道100円か。たいしたことないではないか。

2009年4月24日 (金曜日)

(マーブル賛歌の続き)

UCになってカレー禁止令が出てから数年間はマーブルのカウンター席に座ることもなかったのだが、刻一刻と変わりゆく大都会の一角で、マーブルは十年一日のごとく、同じ店構え、メニュー、値段で営業をしていたのを数年ぶりに確認したとき、私は笑みがこぼれてくるのを防ぐことはできなかった。

久しぶりにマーブルを訪れて気のついたのは、耳慣れない注文をしている人がいるということだった。

「インド。キャベツ多め」

説明が必要か。
マーブルのカレーの特徴に、つけあわせでキャベツの千切りのリンゴ酢漬がどさっと乗せられるということがある。
カレーは数種類、トッピングのメニューとしては茹・生玉子、ハンバーグ、そのほかにはサラダと飲み物だけのシンプルなメニューである。そのシンプルさも、客の捌きをよくして回転率を上げる要素となっている。

従来知る限りは、注文は普通に「ビーフカレー」などと頼む以外には、「インド玉子」とか「ラムバーグ」とか、そうやってトッピングメニューとひっつけるくらいであったが、久々にいったマーブルでは、上記のようなデフォルトで決まっているキャベツの量を多寡を注文したりしている人が目立つのであった。

理由は明白であろう。

私がご無沙汰していた間、世の中ではメタボという言葉が流行語のように広まっていたのである。

ノリとしては、吉野屋で「並・汁ダク」とかいうようなものである。私は言ったことはないが。

私も一度だけマーブルでやってみた。

「インドカレー。キャベツ多めで」

けれども、私は悟ったのである。何をかといえば、自分の浅はかさをである。

マーブルでずっと昔からつけ合わせているキャベツ。何気なくどさっと盛っているようでいて、その実は綿密な計算に基づいてその量が測られていたのに違いない。
私はそれを、「キャベツ多め」を食べてみて初めて気づいたのである。

そう、マーブルでは、すべてのバランスが絶妙に整えられているのだ。
カレーのルーご飯の量ばかりでなく、タンブラーに容れて出される水の量までも。
キャベツの量がそれに沿っていないはずがない。

あのキャベツ、デフォルトの量が最適の量なのだ。
それを安直に変えてはならない。

寡黙なマスターは、客の注文に応じて何もいわずに、ご飯を半分にしたりルーを多めにしたりキャベツをたくさん盛ったりしている。
しかし、十年一日のごとく変わらずに同じメニューを提供し続けているマーブルには、上っ面の流行などまったく気にしない静かな信念のようなものが底に流れているのである。

(了)

2009年4月23日 (木曜日)


マーブル讃歌はちょっと措いておく。

今日は画像だけ紹介。
マーブルから出たあとビルから出る階段からの風景。

〜〜〜〜

録音機を買ってみた。

2009年4月22日 (水曜日)

マーブルのカレーを食べられる幸せ。

大腸を取って良かったことはいろいろあるのだが、その一つにカレーが普通に食べられるようになったということがある。
大腸があったときも、物理的にカレーを食べられないことはなかったのだが、腸が悪くなるかも知れないという心配と憂いをぬぐうことはできず、結果3年ほどカレーから遠ざかっていた。
そして、現代日本において、カレーが食べられないということは、かなりの不便を伴うということも認識したのである。

だがしかし、大腸全摘し、何の憂いもなくカレーが食べられるようになり、特にマーブルのカレーが食べられるようになったことは、大きな喜びである。

マーブルとは、有楽町にあるカレー屋の名前である。
ここのマスターは職業人として密かに尊敬している。十年一日のごとく、決してスタイルを変えず(多分、メニューも価格も変わっていない)、カレーを供し続けているのであった。
とても小さな店であるのだが、私はあの小ささがあの店の経営の成功の秘密ではないかとうがっている。地代はかなり高額のはずで、その界隈の店の移り変わりが激しいとすればその地代の負担が大きいからで、それを最小限に絞っていることがマーブルの秘密ではなかろうか。
もちろんそればかりではない。
マーブルの素晴らしいところは、店は狭いのにカウンター席の作りがゆったりとしていて、私でも窮屈さを感じないところが一つある。
また、水を供するタンブラーも大ぶりで、これもカレーの味や分量と見事にマッチしているのが素晴らしい。

(続く)

2009年4月21日 (火曜日)

急遽、子供の迎え&夕食を奥さんの実家にお願いする。

2009年4月20日 (月曜日)

帰り際、目がチカチカする。いかん、偏頭痛の兆候である。
低気圧が接近しているらしい。
対策は、冷暗所に安置しておくことである。まるで、死体のようだ。

2009年4月19日 (日曜日)

ちょっとだけオープンエアの下、オープンで吹く。快晴。

2009年4月18日 (土曜日)

なんとなくフレンチーなソース作りに成功した気が。

ワインでなく(料理用)日本酒を使ったほうが、私には簡単で上手くいく。

2009年4月17日 (金曜日)

ようやく治験の結果を知る。
もっとも治験といっても、本当なら全部で10回のところ、2回やったところで心筋炎のため中断してしまったものだけれど。

プラセボだったそうだ。

これで、少なくとも心筋炎がレミケードに起因するものではなかったということは分かった。

2009年4月16日 (木曜日)

最近アホになったなあと思うことに、人の言うことが聞き取れないことがあるというのがある。
耳が遠くなったという説もあるが、そうなのではなく、人がしゃべっているのに何を言っているのか理解できないという事態なのである。

具体的に言えば、早口なので、何を言っているのか分からないことがあるのだ。

それが英語や仏語や西語ならいざ知らず、日本語。
パラパラっと早口で言われて、相手が日本語をしゃべっているというのを認識するのすら時間がかかる場合がある。

今日パラパラっと言われて、はあ?と聞き返したのは、とある本屋のレジにおいてであった。
このブログここ で著者の一人が紹介している本を買ってみたのである。
コンセプトは、学生のための革新的な会社法概説書ということらしく、20年ほど前の教科書のことを思うと、ずいぶんと時代の進歩を感じる。

あっという間に、誤植情報などがウェブでやり取りされるというのも、時代だ。そんな現代チックな風も味わいたくて買ってみた。
本来なら、「実務での使用も念頭においた」と謳い、実際にもバイブルとなっているE頭教授の会社法を最新版にリニューアルするべきなのだが、それはそのうち。

話が外れた。 ともかく、その本を持ってレジに行って差し出したのである。

「★○◎×△★◎」

はい?

私は思わず聞き直した。
2度目には聞き取れた。ものすごい早口だった。

「カバーおかけしますか?」

禁則を破って、こう表現したいくらいだ。

「カバオカケシマスカッ?」

多分、彼女はこの問いを0.5秒くらいで発音していた。
ということは、四分音符=144のテンポで、三十二分音符で口にするというくらいの速さである。

あまりの勢いに、私は思わず、「い、いいです」と答えていた(いつもそうだけど)。

しかし、あのしゃべりのスピード。速っ。

それとも、やはり私の耳頭が劣化しているということなのだろうか。
しゃべっているのが分からないと言えば、あまりTVとか見ないのであるが、芸人の漫才で、若い人(とも限らないのだが)が何言っているのかさっぱり聞き取りにくいと感じるときがある。例えばオール阪神・巨人の二人なら、けっして遅くしゃべっているわけでなくテンポいいしゃべりでも、何言っているのかよく分かるのに。

ルーチンで言っているセリフって、とてつもなく速くなって聞き取れない場合がある。

「カバオカケシマスカッ?」もそうだったが、場面的には何言われるのか分かる場面なのにもかかわらず、聞きとれない。
危機的な状況の私の耳頭(耳も悪いが、おそらくそれを受けた情報処理の能力が悪いという意味)。

2009年4月15日 (水曜日)

業務日誌。
午前:・何だよ? Youpediaって?
   ・原稿依頼
   ・業務日誌を引っくり返し、2003年1月17日という日付を得る。本日より同様の状態に突入。
昼 :・弁当を使う。今度、何故この「使う」という言い方をするのか研究しよう。
午後:・某企業グループ系株式業務担当者サークルの集い
   ・資料集め及びフォーマット確認
   

2009年4月14日 (火曜日)

(続き)

法律用語辞典には、この数年に刊行された物にすら「コンプライアンス」という項目がないことがあるのに対して、金融用語辞典を見ると、さすがに金融検査マニュアルを受けてか、この言葉や関連する項目について、詳細に解説がなされている。少なくともそれは法律用語辞典の比ではないのである。

私の普段の生活では、金融用語辞典のようなものを引っくり返す機会はなかったため、そのことを現在まで認識していなかった。

一例として、金融財政事情研究会『金融実務大辞典』(2000年)を見ると、コンプライアンスに関して、これでもかというほど項目が採られている。
・コンプライアンス委員会
・コンプライアンス・オフィサー
・コンプライアンス環境
・コンプライアンス・スケジュール
・コンプライアンス体制
・コンプライアンス担当者
・コンプライアンス・プログラム
・コンプライアンス・ポリシー
・コンプライアンス・マニュアル
・コンプライアンス・レポート

金融界でも、金融検査マニュアル以前はコンプライアンスという言葉が使われていなかったかも知れないという証拠にするにはちょっと弱いのだが、次のような例もある。

東洋経済新報社『金融辞典』(1994年)→記載なし

最後に、データベース的に新聞の記事の検索をできるヤツを使ってみる。もちろんお金がかかるので、見出しを眺めるだけで、記事の中身は取り出さない。

日経朝刊について、「コンプライアンス」で検索すると、5000件近く出てくる。最も古いのは1981年だが、その年は2件、1982年は1件、その後2年はなくて、次に出てくるのが1985年1件くらいなので、コンプライアンスという言葉が人口に膾炙していたか、という視点からは、無視して構わないと判断される。

その後、1987年からしばらく引っかかるのが、東芝ココムである。
これが90年代まで続く。
その次の山が、1990年代後半である。金融会社の名が並ぶ。「(人事)」という項目も頻出するのは、この時期に金融機関がコンプライアンスの選任部署を設けたことによると推察される。

かくして、ノストラダムスの大予言ははずれ、Y2K(2000年)問題(既に歴史的事件か)も滞りなくクリアーし、21世紀を迎え、コンプライアンスという言葉は企業社会において広く普及し一般的に使われるようになった。

「金融検査マニュアル」は、いうならば、ある種の公務員のある種の業務に使われるマニュアルに過ぎない。いくら金融(監督)庁がそれを公表し、監督対象の金融機関に対して、「このマニュアルを使って検査するからな。特別に前もって見せてやるから、検査のときに引っかからないようにちゃんとやっとけよ」と指導したからとはいえ、これによって唱えられたコンプライアンスという言葉を見ると、感心するほどの普及具合ではないだろうか。

それでもやはり、日本人の意識と相俟って、この言葉の使用の実態については、いろいろと考えさせられることが多い。

例えば、次のような言葉遣いはひどく興味深い。

「コンプライアンスを守る」

私はこれはおかしな言い方だと思っている。
いわゆる狭義のコンプライアンスとして言われる「法令遵守」という言葉をあてはめても、「法令遵守を守る」という屋上屋を重ねる言い方であるし、「社会からの要請・期待に応えていく」ことを「守る」というのも変であろう(それだったら、私流の訳「悪いことをしない」を守る方がまだしも通じるのではあるまいか)。
「コンプライアンスを守る」という言い方は、お上から言われたことだから、という意識が垣間見え、コンプライアンスというものを規則やら規範と同列に捉えていると考えられる。

「コンプライアンス違反」は、確かに通じるし、これはもう市民権を得た言い回しといってよかろう。「違反」を言い換えると「反する」で、その逆が「守る」だから、コンプライアンス違反ではないことを示すのに、「コンプライアンスを守る」というのかも知れない。
しかし、既に記してきたように、そもそもコンプライアンスという言葉には、「応える」「応答する」というような意味合いが込められているため、応えないことを示すのにコンプライアンス違反とはいえるのだが、その逆にはしがたいのである。

やはり、コンプライアンスは金融用語であり、その出所は金融検査マニュアルなのである。だから、コンプライアンスは、マニュアルのように「守る」ものとして捉える向きが出てくるのであろうか。

もっとも、コンプライアンスという言葉も、実はそれほど一般的ではないという証左を示して、本稿を終わりにしたい。

岩波書店『広辞苑』の最新刊は、2008年に出された第六版である。
最も人口に膾炙していると思われるこの辞典に「コンプライアンス」という項目は、採られてはいない。

(了)

2009年4月13日 (月曜日)

(コンプライアンスの続き)

三省堂『コンサイス法律学用語辞典』が与えてくれた重大なヒント。
それは、コンプライアンス・プログラムやコンプライアンス・マニュアルという言葉が、実は金融検査マニュアルから来ているということが読み取れることである。

金融検査マニュアル!

いよいよ我々は、今日のコンプライアンスという言葉の出所についての重要な示唆を得たのである。

では、その金融検査マニュアルとはどのようなものなのか?

これが現行のその物である。
正式名称を「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」という。
PDFで1.42MB、A4で300ページほどもある。これを読むのはしんどいので、その下のQ&Aを見ると、最初に、そのものずばりのいい質問があるではないか。

[Q]金融検査マニュアルとは何ですか。

[A]金融検査マニュアルは、検査官が、預金等受入金融機関を検査する際に用いる手引書として位置付けられるものであり、各金融機関においては、金融検査マニュアルを参照しつつ、自己責任原則に基づき、経営陣のリーダーシップの下、創意・工夫を十分に生かし、それぞれの規模・特性に応じた方針、内部規程等を作成し、金融機関の業務の健全性と適切性の確保を図ることが期待されます。

これだけでは、基礎知識がないと何のことやら分からない。

金融方面の人には常識なのだろうが、私は素人なので以下の記述は間違っているかも知れない。

原初の金融検査マニュアルは、1998年8月に金融監督庁(当時)で検討が始められ、翌1999年7月に公表された。

その背景には何があったのか疎いのだが、MOF担のスキャンダルが報じられたり、拓銀や山一や長銀が立ち行かなくなったのが1997年から1998年にかけてのことだったと記憶している。

金融検査マニュアルは、原初こうであった。
まだ140ページあまりで、現行の半分以下である。

そして、このなかでコンプライアンスという言葉が50回ほど登場する。
使われ方としては、コンプライアンス単独のほか、コンプライアンス体制、コンプライアンス・マニュアル、コンプライアンス・プログラム、コンプライアンス・オフィサーなど。
(ちなみに、現行金融検査マニュアルではページ数の増加に比例して、コンプライアンスという言葉の登場回数は100回ほどである)

ところで、この金融検査マニュアルであるが、第一次的にはQ&Aにも示されるとおり「検査官が金融機関を検査する際に用いる手引書」である。
そのようなものが、なんだか知らないけれども、会社法務に多大な影響を及ぼしてきているのである。

今日のコンプライアンスという言葉の隆盛?が、金融検査マニュアルから来ていることは、『現代用語の基礎知識』のコンプライアンス特集が2000年版に盛り込まれていることからも理解される。
先に述べたように、この辞典の2000年版は前年1999年時点で編まれているものであり、その年の7月に発表された金融検査マニュアルはホットな話題であったのである。

コンプライアンスという言葉が、金融検査マニュアルから来たということは、この言葉は法律用語というよりは、金融用語であることを示している。

両者は決して遠いものではないが、法学部と経済学部くらいの距離はあるのだ。
もしくは、弁護士と公認会計士くらいの世界の違いがあると思われる。

本稿の締めくくりとして、その証左を述べるつもりであるが、その前に、どうしてそのような金融用語であるコンプライアンスについて、法務部門が担当になったのかという根拠を発見したので、それについて触れる。

言われてみれば当たり前のことなのであるが、くだんの金融検査マニュアルには、検査にあたってのチェック項目が並べられているわけで、そのなかに次のような一節がある。

コンプライアンス等の法務問題を一元管理する体制等について、内部規定等を整備しているか。

つまり、ここでは自明のこととして、コンプライアンスは「法務問題」と言い切っているわけである。
別に私はそれが間違いだというつもりもないのだが、かくしてコンプラインスは、当の法務部門がその言葉を用語集に収める間すらなく、法務の問題だとされたのである。金融検査マニュアルによって。

(続く)

2009年4月12日 (日曜日)

コンプライアンスはまたまたお休み。

家族サービスの週末。

って、家族サービスとは、普段は家族の面倒をみられない人がやることなのではなかろうか。

2009年4月11日 (土曜日)

(続き)

実は、日本語の法律用語辞典の類で、唯一「コンプライアンス」という言葉が引っかかったものがある。

三省堂『コンサイス法律学用語辞典』(2003年)

そこには、「コンプライアンス」そのものの記載はない。
もちろん、「コンプライアンス経営」も前述の記述によれば和製英語(それも出来たばかりと思われる)であるから、項目にはない。
あったのは、「コンプライアンス・プログラム」および「コンプライアンス・マニュアル」である。

そして、そこにはコンプライアンスという言葉の由来に関する重大なヒントが記載されていた。

話は変わる。
私のそもそもの疑問は、「コンプライアンスという言葉はいつごろから使われるようになったのか」ということであった。

法律用語辞典を調べるのと並行して、この疑問を調べるために、私は過去の『現代用語の基礎知識』をひっくり返して調べてみたのである。

ちなみに、最新の2009年版では、コンプライアンスについてこう記載されている。
コンプライアンス
法令、ルールや企業倫理(企業や組織活動においても個人、市民として準ずべき道徳規範)を順守すること。多くの企業では、コンプライアンスの専門部署を設け、倫理規定の制定、マニュアルの作成や研修を行っている。また不正行為や違法行為の発見や防止のための内部通報制度を設けている(以下略)

この現代用語辞典では毎年執筆し直しているのか、2008年版では次のように記載されている。
コンプライアンス
一般に「法令遵守」と訳されているが、業界団体や企業が自主的に定めた倫理規定の遵守も含めて用いられることが多い。マスコミの追及によって会社の社長や役員が記者会見の席上で深々と頭を垂れて謝罪する場面がテレビに出ることがあるが、コンプライアンスは企業の自己防衛のために不可欠な機能になりつつある。企業の違法・不正行為や反社会的行為への追及がこの15年ほどで極めて厳しくなり、説明責任、情報公開への認識が基本原則として急速に普及し定着してきた。

どちらの記載も「なんだかなぁ」という感は否めないのだが、世間一般認識現代用語の基礎知識としては、こんなものなのかも知れないし、それを直視すべきなのだろう。

さて、このように、このところの『現代用語の基礎知識』には「コンプライアンス」という項目が普通に掲載されているのであるが、遡って私が会社に入った年(1991年)のものを見てみる。
私の記憶では、コンプライアンスという言葉は、このころにはぜんぜん言われていないという認識であり、それを確かめようと思ったのである。

なんと、「コンプライアンス・プログラム」という項目があった。「法令遵守基本規定」と解説されている。うむむ。

どうやらこれは、東芝機械のココム違反事件の関連で、唱えられたようである。
今は亡きココム(1994年解散。ちなみにココムとは対共産圏輸出統制委員会)。なんだか、現代日本で不敬罪について語るような話だ。

このあと、『現代用語の基礎知識』からはコンプライアンス・プログラムという言葉が抜け落ちる。ただし、外来語カタカナ語の解説として、コンプライアンス・オフィサーという言葉が何故か取り上げられている。

朝日出版社『現代ビジネス用語 1996』というのがたまたまあった。
それを見ると、コンプライアンス・プログラムという項目があり、次のように解説されている。
「法規遵守基(ママ)定、輸出管理規定」
つまり、この時代、コンプライアンスという言葉は、せいぜいココム違反と絡めて認識されていたと推察される。

『現代用語の基礎知識』において、大々的に「コンプライアンス」が取り上げられたのが2000年版である。
ここでは特集のように取り上げられ、コンプライアンス・オフィサー、コンプライアンス経営(例の和製英語?)、コンプライアンス・ハンドブック、コンプライアンス・マニュアル等が詳細に解説されている。

おお、この年になにがあったのか?

注意を要するのは、『現代用語の基礎知識』の発売時期である。発行日は1月1日のようだが、たぶん前年の年末に翌年版が発売されるのでなかったか。

ということは、2000年版に盛られているのは、1999年時点での「現代用語」なわけである。

ここで引っかかってくるのが、三省堂『コンサイス法律学用語辞典』(2003年)にあったコンプライアンスに関する項目が、コンプライアンス・プログラムおよびコンプライアンス・マニュアルだったという事実である。

これが重大なヒントなのであった。

(続く)

2009年4月10日 (金曜日)

(コンプライアンスについての続き)

コンプライアンスという言葉が広く使われるようになったのがいつからなのか、自分の記憶だけではなく書誌学的に調べてみようと、とりあえず手元の法律用語辞典を引いてみた。

はたして、載っていない。

引いたのは、有斐閣『法律用語辞典』。私的には実用度No.1のお勧め品なので、これに載っていないのはちょっとショックであった。

とは言え、この手元にあるのは2000年の第2版なので、逆に言えば、それがこの言葉が使われるようになった時期の特定につながるかと期待された。

2006年の第3版を見てみる。2006年ならコンプライアンスという言葉もだいぶ人口に膾炙していたはずだ。

ない…

この時点では、私はまだコンプライアンスが法律用語であることを露ほども疑っていなかった。同辞典ではたまたま記載が漏れたのだろうくらいに考えていた。

しかし、図書館や本屋で目につく限りの法律用語辞典の類をひっくり返した結果、コンプライアンスという言葉が法律用語ではないということに気づくことになったのである。

以下は、そのひっくり返した結果である。

日本実業出版『法律用語の意味がわかる辞典』(2001年)→記載なし
有斐閣『法律学小事典』第4版(2004年)→記載なし
自由国民社『図解による法律用語辞典』(2006年)→記載なし
成美堂出版『超実用すぐひける法律用語辞典』(2006年)→記載なし

う~む。

このタイトルなら載ってるだろう、と引いたのが、
中央経済社『会社法務大辞典』

…ない。

編集代表:大隈健一郎、以下、河本一郎、酒巻俊雄、瀧田節という錚々たる名が連なるこの大辞典(10cmほどの厚さがある)なのに…。

まあ、錚々たるっていうことから分かるとおり、刊行は1984年。
少なくとも、この時期にはコンプライアンスという言葉が会社法務ではキーワードとしては認識されていなかったという貴重な証左ではある。

気を取り直して、辞典探索を続ける。

ぎょうせい『現代法律百科大事典』というのがあった。刊行は2000年。
全8巻にわたる大作である。

…ない。

全8巻だよ、8巻。2000年とちと古めとは言え、前記セミナーによれば2001年時点で「30%の会社がコンプライアンス・プログラムを既に作っている」のだよ。その前年の全8巻でこの体たらく。

コンプライアンスは外来語なので、もしかしたら法律英語辞典を調べないといけないのかも知れない。

自由国民社『法律英語用語辞典』第2版(2005年)

いいセン行ったかも。
compliance
現在日本ではcompliance経営という和製英語ができている。法令や規則などの規範を遵守して経営することである。

おお、なるほど、和製英語なのか。
そうすると、もともとこういう言葉遣いはなかったわけで、法律用語辞典などに記載がないわけも分かるというものよ。
並んで、次のような項目もあった。
compliacle audit 準拠性監査
compliance officer 行政官

ちょっと見えてきた。

(続く)

2009年4月 9日 (木曜日)

コンプライアンスの続きはちょっとお休み。

子供の春休みが終わり、今日からは給食も始まったので、朝の弁当作りから2週間ぶりくらいに解放される。

うん、楽ちん楽ちん。

2009年4月 8日 (水曜日)

(続き)

「コンプライアンスという言葉は法律用語ではない」と私が断じる根拠は、世の多くの法律用語辞典のようなものに、この言葉が掲載されていないことにある。

最初私がこの言葉を知らなかったのは、単に学校でちゃんと勉強しなかっただけだからという気もしていた。

けれども、遅ればせながら勉強しようと、法律用語辞典でコンプライアンスという言葉を調べようと思っても、この項目は載っていないのである。

このことについて述べる前に、私がこの言葉を認識するようになった経緯なんぞを振り返ってみる。

コンプライアンスという言葉が私の耳にも聞かれるようになったのは、今世紀に入ってからであった。ちょうどそのタイミングで営業の仕事から総務の仕事に変わったというのもあろうが、2000年ころには、世間で進んでない会社ではまだまだ「コンプライアンス? そりゃまたなんじゃらほい?」という雰囲気だったと思う。

総務に移った私が、コンプライアンスという言葉を最初に意識して聞いたのがいつのことかは定かではない。
だが、手元の記録を引っくり返すと、2001年7月にコンプライアンスに関するセミナーを受講しているのが出てきた。おそらく、現在まで通じる私のコンプライアンスに関する知識は、このセミナーで聞いたことがベースになっている。
そこにメモされているのによると、当時「30%くらいの会社がコンプライアンス・プログラムを既に作っている模様」となっている。進んでいない当社会は、このときまだコンプライアンスという言葉を意識して扱ってはいなかった。
この後、当社がコンプライアンス体制について対外発表するのは2004年1月のことである。
この間に、私も担当者として「コンプライアンスとは何ぞや?」などとエラそうなことを話して曲がりなりにもコンプライアンス体制の構築の仕事をしていたのであるが、その当時に使われていたフレーズは(私が使っていたわけではないが)、「コンプライアンスです。天ぷらではありません」というものだった。少なくとも、私の周囲ではコンプライアンスという言葉はそう馴染みのあるものではなかったように思う。
私もエラそうに、「まず、コンプライアンスと発音できるようになりましょう」などと言っていた。別に英語的に正しい発音をしようというようなつもりではなく、カタカナ的にまだまだ耳慣れない言葉だったので、この言葉を認知していくのが第一歩だったように思う。
(余談だが、だから、私にとってコンプライアンスを説明する言葉は、前述の『突きつめて言えば「悪いことはしない」という至極当たり前のことである』という表現になるのだった)

前述のセミナーでも、その後いろいろ聞いたセミナーでも、「コンプライアンスは何ぞや?」という定義から話してくれるので、そうすると逆にこの言葉を辞典で調べる必要はなくなる。
だから、私はこの言葉が法律用語辞典に載っていないことを、ずっと認識してはいなかった。

ところが、最近あらためて、コンプライアンスという言葉がいつごろから一般的に使われるようになったのか調べようと思い、その一環として法律用語辞典を調べたところ、これが載っていないということに気づいたのである。

(続く)

2009年4月 7日 (火曜日)

(続き)

コンプライアンスという言葉は、法律用語ではない。

これが私が最近達した結論である。
「そんなバカな」という方がおられるかも知れないし、逆に「そんなことも知らなかったのか」という方もおられるかも知れない。

私もこのコンプライアンスという言葉がかまびすしく言われるようになったころ、それを扱うのは法務部門だろうと疑いもなく思った口なので、コンプライアンスという言葉が法律用語でないと分かったときには、ちょっと驚くとともに、ああなるほどと合点がいくこともあった。

その前に、実際問題として「コンプライアンスの担当はどこだ?」という問いについて述べておきたい。
この質問を発する人は、この質問の仕方だけで「コンプライアンスの担当は私(うち)ではない」ということを確認したいという欲求が裏にあることが透けてしまうのだが、それは措いておくとして、せめて「コンプライアンスって何ですか?」という他問・自問をしてからこの質問を発してもらいたいものである。

今さら「コンプライアンスって何ですか?」とは訊けないという説はある。マジメで常識的な人ほどそうかも知れない。
だた、あえてこう言いたいのは、このコンプライアンスという言葉が、かなりルーズに意味づけされただけで使われ蔓延しているという気がするからである。

一応私は次のように説明している。
「コンプライアンスは一般的には「法令遵守」と訳されるが、より広く「社会からの要請・期待に応えていく」という意味合いがある。人々が企業に対して「コンプライアンス」と言って求めているのは、突きつめて言えば「悪いことはしない」という至極当たり前のことである」

この言い方がどれくらい的確(もしくは不適正)なものであるかは、諸賢のご教示を待ちたい。

ただ、このように解した場合、「コンプライアンスの担当部署は?」という質問の仕方は、質問の仕方が馴染まないことはお分かりいただけるのではなかろうか。

株式会社に対して、「利益の担当部署は?」と訊くようなもので、「利益の担当は、営業部です」と答えて満足しているようなものではあるまいか。

つまり、「コンプライアンス・プログラムの担当部署は?」と訊くなら、「利益計画(策案)の担当部署は?」というのと同じことで、理解に難はないのだけれど、コンプライアンスとか利益とか、抽象度の高そうな生の言葉の担当は? と訊かれても、答えに詰まるというものである。

(続く)

2009年4月 6日 (月曜日)

コンプライアンス担当部署といったら、普通どこなのであろう?

私の感覚では、法務を担当する部門であることが多いように思う。
私はこれが一般的な感覚だと信じているのだが、もし違うようであれば、ぜひともご教示いただきたい。
なぜなら、このにっきの記述は、本日からしばらく「コンプライアンス」という言葉に関する考察に費やされる予定だからであり、本日はその前段の話となるからである。

経理部門のようには、全ての会社に定型的な形で法務部門があるわけではないことは知っている。法務部というように独立しているところもあれば、総務の一部門としているところもあるし、経営企画の一翼を担っているところもある。
それでも、多くの会社で「コンプライアンスを担当しているのはどこか?」という問いが発せられた場合、それは法務部門(方面)であることが多いのではなかろうか。
もちろんなかにはコンプライアンス室というように独立した組織を設けているところもあるし、逆にコンプライアンスは意識付け面が強いものでただ組織を作ればいいというものでもあるまいと、特段コンプライアンス担当を謳ってはいないところもある。

さて、私の問題意識は、次のことなのである。

「コンプライアンスという言葉は、いつごろ誰が言い出したものなのか?」

私がこの言葉を認識しだしたのがいつかということは後述するとして、昨今かまびすしいコンプライアンスが叫ばれる場面で、「おい、担当はどこだ?」という話になったときのことを考えてみよう。
その場合、「それは担当とかそういう話じゃなくて、企業風土とか意識から考えなければならない話です」などと説いても耳を貸されるものではない。銀行借入は経理の担当だというのと同じくらいの意味合いで、コンプライアンスの担当があってしかるべきという感覚で発せられる問いであるから、どこか特定の部署(人)を担当にするまでは止むことのない質問なのであって、たいていは法務の担当という答えになっているのだと思われる。

インターネット上ではうまくその物を見つけることはできなかった(求人サイトで「コンプライアンス」と入れると「法務」というのがいっぱい出てくるというのは分かった)が、コンプライアンス担当部署は、普通は法務部門であることの証左として、以下を挙げておく。

経営法友会会報より
(各社法務部門の紹介のページから)
この1年間に掲載された会社【全48社】のうち、法務部門がコンプライアンスを担当しているとしている会社数【42社】[比率88%]

このように、企業において「コンプライアンス」と言った場合に、その担当が法務部門とされることがほとんどであると考えられる。

それでは、コンプライアンスという言葉は、法律用語なのであろうか?

この問いに対する答えは、なんと「否」なのである。

(続く)

2009年4月 5日 (日曜日)

日直の奥さんを送りがてら、一家で奥さんの職場を見学、もとい、ごあいさつ。
その後外回りを一周し、図書館に寄って、買い物をして帰る。
掃除。
食事の仕込み。

メドレー(1)(P用)着手。

2009年4月 4日 (土曜日)

自分の男の子供を表すのに使う「愚息」という表現に対応する女の子供を表す言葉はないらしい。

奥さんに言わせると、息子はたいてい愚かしいのだが、娘はそんなことはないからだそうだ。

2009年4月 3日 (金曜日)

思いついて、クレヨンのつく曲を探したら、真っ先に引っかかるのは「クレヨンしんちゃん」だった。却下。

2009年4月 2日 (木曜日)

CSR活動レポート:社会貢献活動の一環として、当社は社員のボランティアの支援を行っています。

この文言は、具体的にどこかの会社が掲げているのを引き写しているわけではなく、私が勝手に作文したものであるが、ありがちな文言ではなかろうか。

このような文言があったときに、私が最も違和感を覚えるのは、「ボランティア」という言葉の使い方である。

Wikipediaによると、日本におけるボランティアの概況として、その端緒を1989年の米国サンフランシスコ大地震に求め、1995年の阪神淡路大震災で広く一般化したとの解説がなされている。

これの正否については触れないが、ボランティアという言葉についての違和感は、まず意味合いから来る(発音上、原語はヴォランティアと後ろにアクセントが来ることは措いておく)。

英語について語る資格はないのだが、volunteerという言葉のニュアンスの核にあるのは「自発性」ということだと思われる。であるから、ボランティア活動と言った場合に、「やりたくて行う」という意味合いが強くて然るべきだと思う。

けれども昔、ボランティアとは何ぞや?という問いには、次のようの答えられていたことが多いように思う。

ボランティアとは、無償奉仕のことである。

私がボランティアという言葉を始めて聞いたのは、中学生のときだった。ということは1980年ころである。中学生の学校活動の一環としてあった。ただし、そのときに標語的に掲げられていたのは、「JRC」である(この項を書くためこの言葉を思い出すのにしばらくかかった)。募金をしたり学校の裏の川原でごみ拾いをしたりするのは、JRC活動と呼んでいた。JRC=Junior Red Cross(青少年赤十字)である。私の通っていた中学校はこれに加盟していて、JRC委員会というような生徒会組織があった。このJRC活動のなかで、ボランティアという聞きなれない言葉を耳にしたように憶えている。このときに解説されたのは、ボランティアは無償奉仕の精神だということだったと思う。

最初に戻って、会社が社員のボランティア支援をするというケースを考えてみる。

違和感を覚えるのは、労働時間と賃金という基本的な要件を雇用契約において取り決めておく以上に、なにを会社に求めるというのか?ということである。

私の感覚では、あくまでもボランティアといった場合、自発的にやりたい!と思うことをやるものであり、それが会社の業務とは直接関係のない話であれば、上記雇用契約において定めた非労働時間に、賃金その他から得た自らの使える資金の範囲で、そのやりたい活動をすればいいだけの話だと思うわけだ。それがいわゆる奉仕活動だった場合に、ボランティアと呼ばれる。
私は、例えば災害発生時に会社を休んで現地に入って復興活動を行う人を揶揄する気はまったくなく、尊い活動をされている立派な方々だとは思う。
いいたいのは、やりたくてやっているのだから、雇用者側としてはそれを邪魔するようなことをしなければ十分だろうと思うわけである。
少なくとも日本の多くの企業の風潮としては、「何らかの活動を具体的に始めるので社員有志を広く募る」といったような場合、それは実質的に参加する社員の自発性に基づいたものになるかは、疑問が残る。形式上は、「有志」とあくまでボランティア(自発的)なものにしていても、実際には誰もやらなくて一人も集まらなかったというと格好がつかないという空気が流れるだろうから、「100%自発的に」というのはあり得ないと予想される。仮にそれが休日等の非労働時間に催されるもので、社員の活動は無償であるといった場合、無償奉仕ではなく無給労働の強制であり、労基法上重大な問題となる。
私としては、「ボランティア活動を支援する」というなら、何もしないのが一番だと思う。まあ、休日を取りやすくするというくらいである。

なかには、「いや俺はボランティアに興味はあるんだけど、なにやったらいいか分からないし、一人だと心細いし、会社でそういう活動に参加する手はずを整えてくれるんならありがたいんだけどなぁ」と思っている人もいるかも知れない。

そこまで面倒をみる必要はないと、私は思う。

なにか変な感じがするのは、ボランティアという横文字を使っているせいではなかろうか。

あれって、多くは相互扶助といえばいいと思う。
もっといえば、「困ったときはお互いさま」運動とか「情けは人のためならず」運動である。

いちいち金銭で計って経済活動に乗せるのは面倒臭いから、お金のやり取りはなしにして、自分がいいと思っていることをやるというのが、ボランティアの本義なのではなかろうか。
だからここに経済的採算性を強く求められてしまう企業が直接絡んでくるのは、かなり無理があるというのが私の直感である。
企業としては、「いいOB」のような姿勢でいるのがよい。すなわち、金は出しても口は出さないみたいな。

ただ、それは企業によって特色があっても構わない。
例えばメセナ活動に長らく腰を据えてやっているサントリーのおかげで、あのような素晴らしいホールが東京の真ん中に存在してくれているわけで、カザルスホールの命運なども合わせ思うと、サントリーの素晴らしさは並大抵でないと思うわけである。
(と、昨日宣伝コピーを腐したお詫びをしてみたりする。それで思い出したが、サントリーには就職活動で一度訪れたことがあって、昼からビールをご馳走になった借りもあるのであった)

2009年4月 1日 (水曜日)

S社のを特別目の敵にしているようなことはないのだが、電車のなかで気に障って仕方ないコピーの出所を確かめると、どうもS社である。

それは焼酎の宣伝で、季節に合わせ、桜の花満開の下で和服姿の男女が酒盃を合わせているという画に刻まれたコピー。それは。

ふかいね、と夫
やさしい、と妻

なにが気に障るのだ、と思われるかも知れない。気づかい感のようなおかしさはないのでは。自分でも、何故気に障るのか、謎である。

これがもし、満開の桜の下でなく、次のような図だとしたらどうだろうか?

男と女が知恵の輪を解いている。女はあっという間に解けてニッコりしている。男はなかなか解けずイライラしている。

ふかいね、と夫
やさしい、と妻

たぶん、満開の桜の下の酒盃場面では、深いねおよび優しいという漢字が浮かぶのに対し、知恵の輪の場面では、ふかいねを平仮名で記したところが気に障ったのである。やまと言葉を平仮名で記して何故悪いというお説はごもっとも。
しかし、「ふかい」が「不快」につながることを想像しなかったコピーの詰めの甘さが気に障ったのだ、私としては。不快を食品のコピーに使うのはいかがなものか。

なんちゃって。

このように、私の知覚をキャッチしている時点で、この広告は成功しているではないか。もっとも気づかい感ふかいねも、商品の名前は覚えられないのだけれど。

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