2009年11月 8日 (日曜日)

宴。

2009年11月 7日 (土曜日)

いろいろな方に期せずして遭遇した一日。
葬儀の手伝いで休日労働後、着替えて荷物を取って移動。
O井町線でMCのK吉さんご一家に遭遇。
練習後、帰りのS武線の同じ車内には娘の同級生のI庭くんちを見かける。おまけに娘と妻をピックアップ後帰ってきた駐車場でS凪(これまた娘の同級生)ちゃんちに遭遇。

今日の収穫。
新ダブルケースは、500円のコインロッカーに容れられる。

2009年11月 6日 (金曜日)

数えたら、今年5回目の葬儀。
我々の世代では、知人の親御さんのというのが多いと思うのだが、さにあらず、ご本人を知っているケースの4番目。

2009年11月 5日 (木曜日)

メールは「打つ」もの?

私は普通に「メール打っとくから」と言ってしまうが、これに違和感がある人もいるのだろうか?

メールの場合、「打つ」は多分に口語的表現で、書き言葉的に丁寧に表すなら、「送る」だろう。

「打つ」という表現がどこから来たかというと、これはおそらく電報からの連想だと思う。
電報は「打つ」という。打電なんていったりする。リアルタイムで知らないのでいい加減な推測だが、昔のトントンツーツーのモールス信号の時代には、文字通り「打って」いたのだろう。

今の時代も、メールを送信するには、キーボード(や携帯電話の文字盤)をパコパコ「打って」行うのが普通であるから、あるいは「打つ」という表現はここから来たのかも知れない。

ワープロって、「打つ」ものだったのではなかろうか。

2009年11月 4日 (水曜日)

会社法界隈で最近の流行は、反対株主の買取請求権の問題であるらしい。
M&A等の場面において、それに反対する株主は会社に株式を買い取るよう請求する権利があると法律で定められているが、問題になるのは、言ってしまえばただ一点、「いくらで買うか」である。

当然のことながら、株主は少しでも高く買ってもらいたいし、会社は少しでも安く買いたいわけで、利害の相反がここにある。商法から会社法に変わり、この部分における定めも変わったこともあり、今流行りの問題であるようだ。

でも実際の場面でそれは、シナジー効果をどう評価するかになってくると思われる。

で、昔ちょっと合併しかけたことがある会社にいるささやかな経験で考えると、そういうM&Aの場面では、往々にして「シナジー効果」というプラスの面にしか目が行かなくなるような気がしている。

M&Aによるメリットばかりが強調され、そしてそれはスケールメリットだとか管理部門の統合だとか幅広い品揃えの実現だとか、どちらかというと計算しやすいものであり、だから(そのM&Aを進める当事者は)シナジー面しか見えなくなってくるのではなかろうか。

でも、一歩引いて考えると、果たしてシナジー効果ばかりなのだろうかという疑念が湧いてくるのである。

ここで喩えを思い切り卑近にして、NABEO界隈でM&Aが行われたとしてみる。

なお、以下で団体名として表すアルファベット表記は、ランダムに生成したものであり、特定の団体を想定したものではないことをあらかじめお断りしておく。

具体例として、PCとSWが合併することになったという場合を挙げる。

[シナジー効果]
・合併によるスケールメリットから、より大きな音が出せるようになる。
・音域の幅が格段に拡がる。
・互いにない楽器を補うことによる演奏曲目の拡大。特にガブリエリなど。
・事務手続きの統合による運営業務の効率化。
・固定費負担の削減(集約による練習場代やホール代の節減)

新聞を賑わすM&Aで、フィナンシャル・アドバイザーやコンサルタントが入って作るプランでも、けっこうこんな(単純な)感じでシナジー効果だと言っていることが多いような気がする。東京と熊本を往復する交通費などは誤差のうちとなる(^^)。

しかし、PCとSWが合わさってやるガブリエリって、面白いと思うだろうか。
ガブリエリでなくたって、合わさってやる音楽が、一発芸としてなら興味津々だが、恒常的に今以上の面白さを提供していくことができるのだろうか。
事務手続きの苦手なPCの事務を、SWの番頭さんが一手に仕切ってくれたとして、それを「業務の効率化」と称えていいのだろうか。

つまり、合併することによって失われてしまうものはないのか、ということである。

直感的に思うのだが、たぶん失われてしまうものはある。
理論的には、それ以上にシナジー効果が評価されるのでM&Aが遂行されるわけだが、その結果として失われるもっとも大きいことは、不完全さやアンバランスに依拠している「面白さ」なのではなかろうか。
そして、実はその「面白さ」こそがレゾンデートルだったりしないのだろうか。

ところでM&Aは往々にして事業の整理を伴い、不要な部門は切り捨てられることもある。
PCとSWの合併の場合にも、そのような部門はあるわけで、それがN口という人間であることは想像に難くはあるまい。

繰り返しになるが、以上のシミュレーションにおいてイニシャルで示した団体名はあくまでランダムの架空のものである。

2009年11月 3日 (火曜日)

文化の日なので文化活動に邁進する(嘘)。
怒濤のごとき譜面書き。
Finlandiaほとんど書き終わってしまった。音は並べ終わる。今回は珍しく表現記号もほとんど同時進行で入力していたので、あとは推敲とパート譜作り(これが面倒なのだけど)。

休日だが会社より携帯電話へ報あり。その関係で今度の土曜の某ミッション日がバッティング。急遽代役をお願いする。快くお引き受けいただき助かる。

2009年11月 2日 (月曜日)

パソコンを買って、インターネットのプロバイダなるものと契約をし、インターネットを使い始めたのは1996年のことだった。
今では想像だにできないが、当時は「インターネットをする」ためのプロバイダとの契約とは別に「パソコン通信」のための契約もしていた。
別にそれが人より早かったとはぜんぜん思わないのだけれど、当時のPではそれらが必需デバイスとされる雰囲気で、中では私は遅いほうだった。
Pのサイトは最近では更新が滞っているが、開設したはの1996年だったから、早めのほうだっとはいえよう。

さて、その当時、検索エンジンに「トロンボーン」と入れてヒットした数がどれくらいか、記録もないので定かではないが、私の記憶にある分を記してみる。

プロフェッショナルなトロンボーンの人で、その当時「ホームページ」を構えていた人で私が思い出すのは亀谷さんである。
氏が果たして日本で最初のインターネットにサイトを開いたプロ・トロンボーン奏者なのか私は知らないのだが、とにかく初期であったことは間違いないと思う。

今でもそうだが、当時からインターネット上には海の物とも山の物とも分からない情報が跳梁跋扈しているという雰囲気があった。
今は、インターネット上のコンテンツに何某かの権威付けを求める風潮があるが、そんな制御はあとから事実上の影響力の大きさに驚いて何らかの規制を求める筋からきたもので、もともとは自由奔放放任無制限の世界だったと思われる。
最初に恐る恐る「ネット」を覗いてみたときから、すでに玉石混合、見分けるよすがは自分の眼だけというフロンティアな世界がそこに拡がっているように私は感じていた(ような気がする)。

1996年当時、サーチエンジンのサイトで検索をかけてヒットする海の物とも山の物とも分からない情報のうちに、トロンボーンと検索してヒットするなかにそれはあったように思う。

ここから先は私のうろ覚えであり、半分想像がはいって話をつくっている怖れがある。

「トロンボーン」と入れてヒットしてたどったそのページは、とあるトロンボーン奏者が作っているホームページのようであった。
何やらいろいろとトロンボーンの鍛錬のための蘊蓄が語られているサイトだった。
書いている人は(今でも多くのサイトがそうであるのと同様に)どのような人かは分からないが、九州の方に住んでいるらしかった。

ふーん、いかほどのものかいな?

怖れを知らない私は、そのような不遜なことを考えてしまったのであった。

それが本当に不遜で怖れを知らない所業であることを知るまでにはその後数年を要しなかった。
つまり、世の中にはすごいトロンボーン吹きの人がいるところにはいるということを知るまでには。

しかもしかも、それが本当に本当に不遜で怖れを知らない所業であったことに気づいたのは、世紀を跨がなければならなかったような気がする。つい最近まで、といってもあながち間違いではない。
つまり、私にとって幻の「あの」サイトの作者と、実は面識があったのではなかという可能性に思い当たるまでには。

インサイダー情報の提供を受けるのは、堪えられない愉しさがある。

2009年11月 1日 (日曜日)

子供の好きな学園祭。

2009年10月31日 (土曜日)

練習@中目黒。
前日あれだけ素晴らしいトロンボーンの演奏を目の当たりにしたというのに、それがなかなかモチベーションにつながってこない----要は自分の吹けなさ加減にげんなりするということだが----もどかしさ。
フィンランディアの研究。

夜半、ケースが届く。まだ開封していない。

2009年10月30日 (金曜日)

業務終了後、神保町経由でカザルスへ。
神保町では、現在古本まつりが開催中だった。
つられて歩道の露店の書棚を覗きながらふらふらと通りを歩いていたら、「直進方向=新宿」の道路案内標識。
あれっ、逆だったと回れ右して、文庫川村で現在品切重版未定の岩波新書黄版176を見つけて買う。
そののちカザルスへ。
生黒金さんを初めて目の当たりにする。噂通りの巧さだった。

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